ウユニ塩原の景色も変貌? ボリビアのリチウム開発
電気自動車や携帯電話など、世界的にリチウムイオン電池の需要が高まっている。この電池を作るのに必要なのがリチウムで、ボリビアは独自の資源開発で貧困からの脱出を目指している。ナショナル ジオグラフィック2019年2月号「ウユニ塩原 加速するリチウム開発」では、開発はボリビア国民に恩恵となるのかをリポートしている。
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標高3600メートルという高地にある、ボリビアの事実上の首都ラパス。アルバロ・ガルシア・リネラ副大統領が売り込むのは自国に眠るリチウムと、この天然資源が切り開くボリビアの未来だ。電池は今や人々の生活に欠かせない必需品だが、その材料となるリチウムも、ボリビアにとってはなくてはならないものだ。今後わずか4年で「わが国の経済の原動力」となって、すべての国民がその恩恵を受けると副大統領は言う。「リチウムは人々を貧困から救い出し、安定した生活をもたらします。彼らは科学技術分野の教育を受け、知識労働者として世界経済を支えることができるでしょう」
リチウムがボリビアの経済を救うには、リチウムが眠るウユニ塩原(ウユニ塩湖とも呼ばれる)を開発しなければならない。広さ1万平方キロ余りの盆地に塩が堆積してできたウユニ塩原は、ボリビアが誇る景勝地。もし、地下に眠る資源を採掘すれば、その壮大な景観は、ほぼ確実に姿を変えるだろう。
確かなことが三つある。まずは、この世界最大の塩原の地下に、世界の埋蔵量の推定17%を占めるリチウム資源が眠っていること。次に、貧困層が人口の40%を占めるこの国の政府は、リチウム開発に経済的な苦境からの脱出を託していること。最後は、そのためには手つかずの自然が残るウユニ塩原を開発しなければならないが、計画がうまくいく保証はなく、国民の多くは大した期待を抱いていないことだ。人々は、これまで何度も政府の打ち出す資源の開発計画に失望させられた経験があるからだ。
ボリビアは過去の歴史に縛られている。2006年以降政権を握っている、先住民アイマラ出身の初の大統領エボ・モラレスは、16年の3期目の就任演説でこう国民に語りかけた。「(スペインの植民地支配で)私たちは500年間苦しんだ」。確かに、その過酷な時代には先住民が奴隷にされ、独自の文化を抹殺されるなどしたが、独立してからすでに200年近くたつ。
その後の国家建設がうまくいかなかったのは、地理的な条件と、失政が続いたせいでもある。チリとの国境紛争に敗れ、1905年に太平洋岸の領土と「海への出口」を失って経済発展の道を閉ざされたのだ。また、徐々に経済力を増す隣国のブラジルやアルゼンチンとは対照的に、この国は何十年もの間、度重なる軍事クーデターと政府の腐敗にたたられてきた。先住民の二大集団であるケチュアとアイマラは今も、ヨーロッパ人の血を引く特権階級に支配され、下層階級の地位から抜け出せずにいる。
こうした植民地時代の階級制度が尾を引き、国民は国の将来像を共有することもできず、ボリビアの経済は不安定な時代が続いている。それは天然資源に依存する国に共通する現象だが、チリなど資源をうまく管理している中南米の国もある。それとは逆に、ボリビア政府は目先の利益を追い求め、たびたび外国企業に採掘権を売り渡してきた。副大統領はいみじくもこう言った。「この国は、資産を賢く管理するすべを学んできませんでした。その結果が、天然資源には恵まれているのに、社会的にはとても貧しい今のボリビアです」
世界的な電気自動車の普及が政策を後押し
ところで、ウユニ塩原が観光地となったのには経緯がある。1980年代のある日、ティティカカ湖と肩を並べるような観光地を探していたラパスのツアー業者フアン・ケサダ・バルダがこの塩原に目をつけた。ケサダは塩原を見て確信したと、娘のルシアは言う。「こんな場所は世界中どこにもありません。これはお金になると、父は思ったのです」
大学で建築を専攻したケサダは、塩原の東端のコルチャニ村に塩のブロックを使ってホテルを建てた。それを手始めに同様のホテルがいくつか建てられ、外国人が壮大な白い砂漠の太陽を求めて徐々にやって来るようになった。やがて塩原で結婚式や車のレースなどが行われるようになり、今では塩のホテルはどこも、ほぼいつも満室だ。ウユニはピザ店が立ち並び、若いバックパッカーでにぎわう観光地になったのだ。
今後数年でリチウムは、かつての金鉱や20世紀の石油をしのぐ経済ブームを巻き起こす可能性がある。双極性障害の治療薬から核兵器まで、さまざまな製品に使われてきたリチウムだが、今ではコンピューターや携帯電話などの電子機器の電池に不可欠な材料となっている。
2017年の世界のリチウムの消費量は約4万トン。15年以降、年にざっと10%のペースで増えている。需要の急速な伸びを反映して、同時期に価格は3倍に跳ね上がった。
この傾向に拍車をかけるのは、電気自動車の普及だ。米企業テスラには、重さ約63キロものリチウム化合物を用いたバッテリーを搭載する車種もある。米金融大手ゴールドマン・サックスによれば、これは携帯電話1万台に匹敵する量で、自動車販売台数の1%が電気自動車に置き換わるたびに、リチウムの需要は年間7万トン増える予測だという。また、フランスと英国は2040年までにガソリン車とディーゼル車を禁止すると宣言した。リチウムが豊富にある国は、もう貧困を恐れる必要などなさそうだ。
そして、世界各地で採掘されるリチウムのうち、最大75%を埋蔵すると考えられているのが、中央アンデスに延びる1800キロの高原、アルティプラノ=プーナなのだ(ウユニ塩原もここにある)。ここは、チリ、アルゼンチン、ボリビアにまたがる、塩が堆積したこの高原は「リチウム三角地帯」と呼ばれる。チリは1980年代からアタカマ塩原のかん水をくみ上げ、リチウムを生産してきた。今やこの塩原は南米きっての産地だ。チリは3カ国のなかで外国資本の誘致に最も熱心で、世界最大の銅の輸出国でもあり、鉱山開発では幅広い実績をもつ。アルゼンチンも1990年代末からオンブレ・ムエルト塩原で開発を進めてきた。
ボリビアのリチウム埋蔵量も、アタカマ塩原にひけをとらない。モラレスが大統領に選出されたことは先住民のアイマラにとって大きな象徴的意味をもった。だがその一方で、彼の発言や行動は外国資本を追いやることとなった。就任後すぐに石油産業と一部の鉱山の国営化に乗り出したのだ。
その2年後の2008年には、ウユニ塩原の開発に目を向けた。「過去の政権はリチウムの生産まで至りませんでした。植民地時代と同じように、外国の資本に頼ろうとしたからです。国民はそんなものは望んでいない。だから一から始めたのです」と副大統領は言う。
新政権は当初から「100%エスタタル!」(すべてを国の管理に)というスローガンを打ち出した。「ボリビア人がウユニ塩原を占有し、独自の採掘方法を発明した上で、国際市場への参入を助けてくれる外国企業と提携する。そういう方針を立てたのです」と副大統領は語る。
このスローガンは、アイマラ出身の大統領が叫べば、もう一つの意味合いを帯びる。塩原周辺はアイマラ系が圧倒的に多く住む地域だ。塩原がボリビアの経済革命の震源地になると宣言されたことで、彼らもようやく仕事にありつけ、貧困から脱出できると期待したのだ。
(文 ロバート・ドレイパー、写真 セドリック・ゲルベハイエ、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック日本版 2019年2月号の記事を再構成]
[参考]ナショナル ジオグラフィック日本版2月号では、今回抜粋して紹介した「ウユニ塩原のリチウム開発」のほか、数々の技術革新をもたらした米国西岸シリコンバレーの今のリポート、500年以上前に南米ペルーで行われていた少年少女を生けにえにする儀式の謎を追う「神々にささげられた子どもたち」、人と野生動物の共存を考える「カンガルーは害獣」を掲載しています。
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