クルマは芸術 マツダ新アクセラは線でなく面で魅する
2018年末、米ロサンゼルスでひそかに業界を驚かせたクルマがある。新型「マツダ3」こと「アクセラ」。一見バランスの取れた実用ハッチバックだが、今までにないハッとする美しさをたたえていた。
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小沢コージ(以下、小沢) 新型マツダ3。すみません、最初は普通にキレイなクルマと思っただけでした。でも、間近で見たら「なんじゃこりゃ!」と。特にピーンと張った曇りのない面がすごい。ちょっとでも汚すと怒られそうな白い障子というか、本物の美人を間近で見たようなドキドキ感があって、これはヤバい精度が問われたのではと。
前田育男氏(常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当。以下、前田) かなりの精度だと思います。それから鉄板には「コンケーブ」という(くぼみのある凹状の)ネガティブな面ほどつくるのが難しい特性があって、プレスで曲げても元に戻ろうとします。だから膨らんだポジティブ面よりへこんだネガティブ面が難しい。その点、新しいアクセラはドアの真ん中あたりにしても全部ネガティブなので、生産の担当者も同じようにドキドキしたと思います。「俺たち、コレをホントにつくれるのか」って(笑)。
小沢 それから下から上への絞り込みがすごくキレイで、真後ろから見ると富士山みたい。ほとんどスーパーカーじゃないですか。
前田 そこまで言ってもらえてすごくうれしい。あの部分もたいていのクルマではショルダー、つまり肩のような張り出しを作りたくなるのですが、あえてやめた分、デザインでは相当苦労してます。上が極端に狭いとバランスが悪くなるので、複雑なネガとポジの集合曲面になっているんです。特にリアピラーあたりは細かく変化しています。
小沢 その分、生産には苦労しそうですよね。
前田 プレスの連中には最初「やられた」って言われました。「これ本気で作るんですか」と。
小沢 普通に従来通りのプレスラインを入れた造形ならラクなんでしょうけど。
前田 その通り。エッジをピンと張らせておけば、ボディーとドアの接合面のパネル合わせもラクなんです。今回の面デザインだと、どこを基準にどう合わせていいか分からない。
小沢 線ではなく面で見せる。その分やってもやりきれないデザインって感じですよね。コッチを削るとコッチを直したくなるという。
前田 もう終わりなき戦いです。
小沢 では担当デザイナーさんにその苦労を。
カー・アズ・アート! 量産車にも美しさを
小沢 今回のマツダ3は17年の東京モーターショーで出した「魁コンセプト」の実車版だと思うんですが、マジで(モーターショーなどに展示される)ショーカー並みにキレイ。ビックリしました。
土田康剛氏(アクセラ チーフデザイナー。以下、土田) 本当はショーカーに比べ幅が狭くなっているので、少し化粧が落ちた感じもあるのですが、既存のハッチバックに比べて十分アピールできているんじゃないかと。
小沢 プロポーションはともかく、面の見せ方が半端ないですよね。まさに革命的ヌメヌメ感! 実用ハッチバックって背が高い割に短く、どうしてもずんぐりむっくりになりがちですが不思議なほど美しい。毎日食べるお米のような存在なのに異様にうまいという。
土田 そこなんです。Cセグメントって基本、大衆車じゃないですか。でも今回マツダは「カー・アズ・アート(CAR as ART)」といって、大衆車であっても彩りや色気を与えていきたいと。
小沢 クルマはアート! なかなか日本人には言えない言葉ですよね。「俺たちのクルマは芸術だ!」って言い切ってるわけで。「俺たちはアーティストだ」って言い切ったアップルのスティーブ・ジョブズ並みです。
土田 そこは前田が引っ張ってくれましたね。それくらいの覚悟を持ってやろうと。
小沢 ただひとつ心配なのは、芸術を目指した分、車内が極端に狭くなってたり、実用性を犠牲にしてるんじゃないかと。
土田 セダンに関していうと、インテリア空間は旧型と同等で、トランク容量は逆に広くなっています。全長は伸びているので。
小沢 でもルーフがやけに絞られてるし、リア席なんかは頭上が狭いんじゃないかと。
土田 ハッチバックは確かにリアを若干攻めさせていただきました。ただ、身長180cmの人でもしっかり座れるようになっていて。
小沢 実用性はほぼ旧型並みだと。
セダンとハッチで全く違うデザイン
土田 デザイン上の最大のポイントはやはり普通はつくるショルダーがないところで、おかげで今までにない傾きがつけられたし、一つの塊のようにも見えます。あとはやっぱりボディーを線ではなく、面で見せたこと。ここが今までのカーデザインとは全く違います。
小沢 いつごろそういう発想が生まれたんですか。
土田 きっかけは15年の東京モーターショーで出した「RXビジョン(RX-VISION)」です。そもそも今のマツダの「魂動(こどう)デザイン」(「クルマに命を与える」というデザインコンセプト)が始まったのが10年で、その後5年間で今出ている車種の姿が大体見えてきました。そこで当時、そろそろ殻を破らないと次に進化できないということで、今回のフェーズ2のきっかけとなる「Zのリフレクション」が生まれたんです。
小沢 Zのリフレクション?
土田 ボディー断面がZ形状になっていて、サイドにきれいに光と影が生まれる造形です。
小沢 確かに両車とも光と影のグラデーションがものすごい。青魚もびっくりの光り具合。
土田 非常に複雑な面のつくり込みをして、ああいう光が出るようにコントロールしているんです。これは人の手じゃなければできません。
小沢 ものすごい職人技なんですね。
土田 普通にプレスラインで見せるカーデザインはどこに置いても同じ形ですよね。でも面で見せるクルマは置いた場所、時間、周りの風景で見え方が変わってきます。今回はずっと見ても飽きない美しさを狙っているんです。
小沢 これはモデラーの力も大きいですね。
土田 うちのクレイモデラーやデジタルモデラーが優秀なのはもちろん、普通デザイナーとモデラーだったらデザイナーのほうが上流にいるじゃないですか。でも今のマツダは同格か下手すると逆の場合もあります。共に創る、つまり「共創」と呼んでいますが、それがデザイン内はもちろん、デザイナーとエンジニアの関係にもあるんです。
小沢 今のマツダがなぜ良いクルマをつくれているか分かります。
土田 それから今回のマツダ3はセダンとハッチバックで形が全く違います。普通セダンは、ハッチの後ろにトランクを付けたようなデザインなのに今回はほぼ全取っ換え。
小沢 なぜそんな無駄なことするんですか。
土田 セダンとハッチバックではお客さんが全く違いますから。セダンは服で例えるとスーツですけど、ハッチバックはジャケットとパンツみたいなもの。ボクと小沢さんの服装みたいなもので志向性が全く違う。「この2人は絶対一緒じゃないでしょ!」 というのが発想の原点で、そのためにボンネットを除いて愚直につくり変えました。
小沢 ある意味、みんなが見過ごしている需要に応えているともいえるわけですね。
土田 ひょっとしたら我々は商売が下手なのかもしれません。でも効率一辺倒で我々の市場価値も上げられるとは思えないんです。
小沢 こだわってこそマツダなんだと。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は日経トレンディネット「ビューティフルカー」のほか、「ベストカー」「時計Begin」「MonoMax」「夕刊フジ」「週刊プレイボーイ」、不定期で「carview!」「VividCar」などに寄稿。著書に「クルマ界のすごい12人」(新潮新書)「車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本」(宝島社)など。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
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