働き盛りだからこそできる認知症予防 睡眠を侮るな

日経ナショナル ジオグラフィック社

2019/1/29
イラスト:三島由美子

アルツハイマー病の病因として有名なアミロイド・カスケード仮説によれば、アミロイドβはすでに40代から蓄積し始め、その後順次、細胞の変性、脳の萎縮、記憶力の低下がなどの症状が出現し、60代以降に認知症を発症するという。つまり、アルツハイマー病と診断された段階では目いっぱいアミロイドβが蓄積して神経細胞にすでに大きなダメージを引き起こしているため、その段階から新薬でアミロイドβの蓄積を減らしても症状の改善はおろか、病状の進行を抑えることも至難の業なのである。

そのため、今やアルツハイマー病の新薬開発では、症状が出る前の未病段階のリタイア世代や、遺伝的にアルツハイマー病を発症する家系のメンバーなど、ハイリスク者だが「まだ余力がある」段階に治験のターゲットが移行している。そのうちに赤ん坊のうちにアミロイドβの過剰蓄積を抑えるワクチンでも接種するようになるのではないかという笑い話もあるが、そのような「超早期対策」もあながちあり得ない話ではないような気がする。

翻って睡眠不足や不眠と認知症リスクの関係を考えてみても同じ事が言えるだろう。すでにアミロイドβで満杯近くになったタンクにこれ以上ため込まないためにも、グリンパティックシステムが効率的に働けるように睡眠をしっかりと確保することは悪いことではない。ただし、しのぎを削って開発された新薬を上回るようなアミロイドβの蓄積を抑える効果を短期的に期待するのは現実的ではない。

ところで、睡眠の質の向上のために生活習慣の改善を行ういわゆる「快眠法」は、即効性は乏しいものの、根気強く続けることで一定の効果が得られる。適度な運動や規則正しい食生活、ストレス発散やリラクゼーション、寝室の温度や照明を調整する、夕方以降のカフェイン摂取を控えるなど、すべて自宅で手軽にできるのもうれしい。

じつは、この快眠法には新薬に勝る別の大きなアドバンテージがある。「無料で」「病院に行かずに」できるお手軽さ、である。そしてそれを実践すべきは40代、50代の働く世代の人々である。20代や30代も睡眠不足ではあるが、さすがに認知症予防には関心が無いだろう。一方、40代に入ると深い睡眠(徐波睡眠)が減少するなど睡眠の質の低下を自覚するようになり、また仕事や家族サービスなどで睡眠不足にも陥りやすい。記憶力にも若干自信が無くなってくるので認知症予防というキーワードも心に響くのではないだろうか。

快眠法の中から1つでも2つでもできることから始めて、40代、50代から根気強く睡眠貯蓄をしておけば、アルツハイマー世代になってドーンと還元されると思うのだがいかがだろうか。「後の祭り」にならぬよう「転ばぬ先のつえ」で参りましょう。

三島和夫
秋田県生まれ。医学博士。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。
(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2018年11月8日付の記事を再構成]

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