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Men's Fashion
ひと

2019/1/18

ひと

――「細尾」に入社したのは08年、30歳の時でした。

その後、20代後半は東京に本拠を置く製造小売業(SPA)の大手ジュエリーメーカーに就職し、企業のあり方をイチから学びました。最初に生産管理、次に商品開発と約4年勤めました。

京都に戻るきっかけは、社長である父の細尾真生がパリの見本市に西陣織を使ったソファやクッションを出展し始めたことでした。海外市場開拓という新規事業に、自分の力を発揮できると考えました。その後、イタリアのフィレンツェへ1年間留学し、職人たちの仕事を見て回ってから細尾に入社しました。当初は欧米の展示会に出しても注文は微々たるもので、本格的なビジネス化にはほど遠かったです。

細尾の布地は「ミハラヤスヒロ」ブランドのスーツにも採用された

――転機は09年に「クリスチャン・ディオール」や「ブルガリ」などの店舗デザインを手掛ける建築家のピーター・マリノ氏からオーダーが入ったことでしたね。

テキスタイルとしての西陣織を求められました。私たちにとっても大きな発見でした。それまでは「花鳥風月」など和柄の製品でなくては、海外に受け入れられないとばかり思い込んでいました。マリノ氏が求めたのはラグジュアリー感を持つ生地(素材)としての西陣織だったのです。

ただ本格的な事業化には製造技術でのイノベーションが必要でした。通常の織機の幅は帯と同じ32センチです。しかし32センチではテーブルランナーくらいしか製作できません。海外マーケットには150センチ幅の織物が必要でした。コンピューターのプログラム製作など1年間、試行錯誤を重ね、ようやく約2000万円投じて150センチ幅の織機を自社開発しました。9000本の縦糸を専用プログラムで1本づつ制御して織ることができます。もっとも西陣織では織機はあくまで手の延長です。1台の織機に職人がかかりきりで、織機の音や糸の調子などに神経を張り巡らせながら作業しています。

織機に写真を投影したインスタレーション(2018年12月、東京・銀座)

――最近はハイテク研究にも力を注いでいますね。東大大学院でメディアアートを研究する筧康明・情報学環准教授との共同研究も積極的に進めておられますね。

核となる技術は「箔」の技法です。西陣の特徴のひとつは、どんな素材でも織り込めることです。箔の技術は300年以上前に開発されました。

東大の筧研究室とは、特定の温度に達すると変色するロイコ染料を塗布した箔を織り込み、柄の色が温度に応じて動的に変わっていく布の製作に成功。暖かい室内は白色、寒い屋外では朱色に色づく織物ができます。

さらに高吸水性の合成セーム革を裁断し、箔の要領で糸状にしたものを織り込むと、吸水すると柔らかく、乾燥すると硬くなる素材ができます。こうした性質を応用すれば、西陣織による立体構造物もつくれます。昨年 3月まで、山口情報芸術センターでの特別展で研究成果を公開しました。

――16年7月からは、MITのディレクターズフェロー(特別研究員)に就任しましたね。

MITでの研究課題は、織物の「モバイルハウス」をつくることです。モンゴルの遊牧民族の家「ゲル」は、外側の帆布と断熱材としてのフェルト、それに木材で構成されています。

建築の定義は、構造があって機能があることだと考えています。太い糸から細い糸まで様々な種類の糸を立体的に織り分ける西陣織の技術を、最先端の素材と組み合わせ、構造と機能を与えれば、織物だけで家ができるのではないか、という発想です。

――かつてノーベル賞作家の川端康成は西陣織の絶妙さを褒めたたえました。

根幹にあるのは伝統技法としての西陣織です。これまでも西陣織は西洋のジャガード織りを導入するなど革新を繰り返してきました。革新を受け入れられるから綿々と続いてきたといえます。バイオテクノロジー、コンピューティングなどの最新成果を取り入れながら、変化と革新を続けていけば、西陣織の宇宙服だって夢ではないかもしれません。

(聞き手は松本治人)

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