豪雨や猛暑、その時何を守る? 自治体の計画手探り
異常気象の影響が今後さらに拡大するのを見越して、これに「適応」するために国や自治体の役割を定めた気候変動適応法が2018年12月に施行されました。「適応」とは将来、気温上昇に伴って地域に及ぶ影響を見極め、今から対策を取ることです。影響は地域ごとに異なるため自治体が主役になりますが、農産物から災害などまで幅広く、取り組みは手探りです。
「適応策」は二酸化炭素の排出を減らす温暖化の「緩和策」とともに気候変動対策の車の両輪です。国は適応策が必要な分野として(1)農林水産業(2)水環境・水資源(3)自然生態系(4)自然災害(5)健康(6)産業・経済活動(7)国民生活・都市生活――の7つを挙げています。法律は都道府県や市町村に適応計画の作成を努力義務とし、各自治体は影響を探る「地域気候変動適応センター」を置くことができます。
全国でいち早く適応センターを設けたのが、全国最高気温を記録した熊谷市のある埼玉県です。気候変動対策の先進自治体の一つで県環境科学国際センター内に適応センターを置き、温暖化の実態把握や将来の影響の予測をして県の施策に反映する材料を提供します。
埼玉県はこれまでも高温に耐えるイネの開発や大雨に備えた河川改修を進めていますが、こうした従来の施策と適応策はどう違うのか。県環境科学国際センターの嶋田知英氏は「河川改修は伊勢湾台風など過去の大雨が基準。適応策では将来の気温上昇でさらに雨量が増えるのを踏まえた対策の上積みが必要になる」と説明します。
ただ今の基準でも改修が済んでいる河川は6割程度で上積みには莫大な予算が必要になります。東京都の豪雨対策も長期目標は1時間100ミリへの対応ですが、当面の対策は75ミリです。このため防潮堤をつくる際、将来のかさ上げを想定し、基礎だけは将来の雨量に適応するようにする動きが出ています。
運河の街、オランダのロッテルダムは将来の海面上昇で一部が水没することを前提にした土地利用を進めています。都市計画をはじめ、農産物開発、健康福祉など各分野の施策に平時から適応策を盛り込むのが先進的な気候変動対策といえますが、そこまで浸透させるには首長の指導力が鍵を握ります。
適応策作りを支援する国立環境研究所・気候変動適応センターの向井人史センター長が「2100年までの気温上昇を考慮し、その時、地域で何を守るのかを見極めて適応計画を作ってほしい」と話すように、適用策の検討はどんな街をめざすのかという地域の将来像に関わります。春の統一地方選でこうした議論を深めてはどうでしょう。
向井人史・気候変動適応センター長、行木美弥・同副センター長「何を守るか、見極めを」
自治体の気候変動適応計画づくりを支援する国立環境研究所・気候変動適応センターの向井人史センター長と行木美弥副センター長に聞きました。
――自治体にどんな支援をしますか。
「気候変動適応法にのっとって自治体が適応計画を作るには、2100年には我が県の気候はどうなるのかという情報が必要になる。国立環境研究所が運営する気候変動適応に関する情報プラットホーム(サイト)『A-PLAT』を充実させ、県ごとに2050年にはこう変わる、2100年にはこう変わるという詳しい情報を提供する。自治体の人材を育成するため、いくつかの研修コースを用意し、つくばにある農業や防災などの研究機関と共同体制をとれるよう話を進めている。研究面では国立環境研究所のほか、幅広い研究機関が参加している環境省や文科省などのプログラムも使い、モデルの精緻化や影響分析を進めてA-PLATで提供していきたい」(向井氏)
――気候変動の影響は幅広く、適応計画でどこまでカバーすべきか自治体には戸惑いがあります。
「コメが大事な県があればミカンが特産の県もある。2100年までの気温の動向を考慮して県として何を守るか、どんな災害に備えるか。それを見極めて計画作りをしてほしい。これまでも取り組んでいることはあると思う。例えば埼玉県は『彩のきずな』というコメの高温耐性品種を作っている。今までやっている施策に長期的な気候変動が起こるということを組み込んでほしい」(向井氏)
――地域気候変動適応センターを設置するのは難しい自治体もありそうです。
「法律はすべての自治体で作れることになっているが、現実問題として作れるものではないというのは環境省もわかっている。大事なことは、地域ごとに自分事として問題をとらえ、その地域に大事なモノを守るために何をしていくのか、地域地域で考えていく必要がある。センターの作り方は地方の環境研究所や大学を活用した形でもよいことになっている」(行木氏)
「大学を活用する県もいくつかある。ある県は『大学だといろいろな分野の専門家がいるのでいろいろなアドバイスができるだろう』と話していた。4月には10近くの自治体で適応センターができるとみている。センターをつくるのに国からお金が出るわけではないので自治体は大変だと思う。しかし適応策では自治体が重要なステークホルダーなので頑張ってほしい。我々もできる限り支援していきたい」(向井氏)
――海外と比べて日本の気候変動適応策への取り組み状況をどう見ますか。
「そんなには進んでいない。国が法律をつくり、自治体はこれからという状況だ。海外では海抜の低いオランダのロッテルダムが進んでいる。水が高い位置にあるというのがDNAに組み込まれ、それをうまく制御して住民の暮らしを良くしていこうとしている。気候変動に積極的に向き合っている印象だ」(向井氏)
「日本はトップではない。災害が過去の知見を超えてしまう状況を目前にして何をするか、まだスタートラインに立ったところだ。今は自治体が何を必要としているかを踏まえて、私どもが情報を提供し、一緒に何が必要かを考えるフェーズにある」(行木氏)
――市町村レベルで影響を予測するのは難しい面もあります。
「降水量の予測などを市町村単位の狭い地域に落とし込むと不確実性が増す。そこをどう解釈して施策に反映するか、政策担当者が理解する必要がある。セミナーや研修で一緒に勉強してもらうなど人材育成が必要だ。予測の技術はどんどん進歩する。最新の情報を提供するが、どう使うか、施策にどう反映するかも含めて伝えたい」(向井氏)
――先進的な地域のモデルを似たような気候の地域に当てはめることもできそうです。
「1つの地域の適応策を隣の県などに横展開していきたい。各地にセンターができればその情報を我々が他の自治体に横展開しやすい」(向井氏)
「東北など全国7ブロックに広域協議会を設けて、国、自治体、企業などが集まる場も設ける」(行木氏)
――都市計画など各分野の施策に適応策を反映するには首長のリーダーシップが鍵を握ります。
「自治体関係者に聞くと『トップを説得できない。それをやってくれないか』という声が結構あった。首長向けのセミナーを開くのも一案だと思う」(向井氏)
「縮小社会の中で少子高齢化も進み、住まい方を考え直さなければならない中、防潮堤を高くするには莫大なお金がかかる。何に優先順位を置いてお金を使うか、この先の気候変動のリスクを考えながら都市計画などを見直すタイミングに来ているのではないか」(行木氏)
――ビジネスに活用する動きも出ています。
「A-PLATでは『適応ビジネス』の事例を紹介しており、営農支援などで活用している例がある。保険会社の関心も高い」(行木氏)
「企業にとってチャンスは大きい」(向井氏)。
――最近の異常気象で一般の人たちも関心を持つようになっていますか。
「気候変動への関心は高まっている。イベントで聞くと、夏の暑さや雨の降り方におかしいと感じる人はとても多い」(向井氏)
「実感として天気がおかしいなと思っていても、それが気候変動の影響があって、この先どのくらいまで変化がありそうなのか、どういう努力をすれば抑えられるのか、といった点に気がついている方はまだ少ない。『適応』という言葉も知らない人の方がまだ圧倒的に多い。天気がおかしいなという実感と、この先どうなるのかという想像力をつなげることが必要だ」(行木氏)
(編集委員 斉藤徹弥)
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