老舗12代目が語る 「西陣織はジュエリーだ」
「細尾」細尾真孝常務に聞く再生未来図(上)
京都の西陣織を海外展開し、欧米のメンズスーツの素材としても供給している「細尾」(京都市)。江戸時代から続く老舗が今、挑むのが日本のクラフトマンシップ(職人の技巧)のアピールだ。東京・銀座のミキモトホールで現在開催中の「日本の美しい布」展では、古くから伝わる全国25カ所の染織産地を紹介、インスタレーションを駆使し立体的なアートを披露している。「着るジュエリー」を掲げ、西陣織の再生を目指す同社12代目の細尾真孝常務に聞いた。
>>(下)「西陣織の宇宙服も夢じゃない」 老舗12代目の挑戦
――開催中の「日本の美しい布」展(1月27日まで)では全国を巡って撮影した糸が布になるまでのプロセスや、録音した織機の響きなどで臨場感を演出しています。
約3年かけて全国の伝統的な産地の写真約5000枚を撮影しました。今回は山形の紅花染、新潟の越後上布、京友禅、鹿児島の大島紬(つむぎ)、沖縄の芭蕉布などを紹介し、作業中の現場で実際に織機の動いている音も録音させてもらいました。
トヨタが「豊田自動織機」からスタートしたように、機織りは日本のもの作りの原点だと思っています。会場では実際の織機に9000本の糸を通してスクリーン化し、それぞれの地域ならではの歴史と風土に育まれた織物の映像をインスタレーションで紹介。織機そのものの音がBGMになっています。
――今回紹介されている映像の多くはこの先もう撮影できないかもしれません。記録写真家でもなく、西陣織の経営者が本拠地の京都でなく東京で展示会を開く狙いはどこにありますか。
日本ほど多様な染織文化を持つ国もないでしょう。欧米のアパレル関係者と日常的に交渉しているうちに、日本の織物のクラフトマンシップの優秀性に気付いたのです。その特性を知ってもらうのが目的です。
西陣織は生糸の製造、糸染めなど20を超える工程があります。和紙に金箔や銀箔を貼り、それを糸状にした「箔」しかも金という素材を織り込むなど、それぞれの工程を専門の職人が繊細で多層な織物に仕上げます。完成した製品のアートとしての本質を知ってもらうことでまた新たな市場が開けます。
――西陣織の市場はこの30年間で約10分の1に縮小しました。
約1200年の歴史を持つ西陣織の衰退の危機は、これまでも何度かあり、150年前の明治維新後にもありました。遷都で朝廷、貴族、将軍といった伝統的なクライアントがごっそり東京に移ってしまった時です。明治以前の西陣織の顧客は、金に糸目をつけず、ただひたすら美しい織物を求める人々でした。いわば「着るジュエリー」として庇護(ひご)を受け、装飾的な要素は着物が一手に引き受けていたのです。
明治維新後の危機を受け、1872年(明治5年)に仏リヨンへ3人の伝習生を派遣し、模様の情報が入ったパンチカードを使って糸を紡ぐジャカード織りの技術を日本へ持ち帰らせました。洋装の普及にも対応できる新市場を開拓したのです。3人のうち1人は帰国途上に命を落としたと伝えられています。
「細尾」が供給しているのはメンズファッションの素材だけではありません。「ザ・リッツカートン」や「ルイ・ヴィトン」といった高級ホテルやラグジュアリーメゾンの店舗の壁紙、ソファなどインテリアにも生かされています。現代アートのクリエーターとのコラボレーションも手掛けています。
――21世紀に西陣織が目指すのは「見る、着るジュエリー」への原点回帰ですか。
西陣織独特の素材である「箔」を使ったテキスタイルがさまざまに採用されています。箔が放つ光沢は上品で繊細なので、ブランド商品を妨げずに引き立てることもできます。
――現代アートとのコラボにも取り組まれていますね。
現代美術家のテレジータ・フェルナンデス氏とのコラボでは約1年かけて2014年、画期的な布地の開発に成功しました。表面からは透けて見え、裏からは透けない独特の布地です。15年にはアーティスト、「スプツニ子!」さんと組み、クラゲのDNAを抽出して蚕に組み替え、青光を当てると緑色に発光するドレスを作成しました。
西陣織の特徴は均一の糸を織るのではなく、太い糸、平らな糸などさまざまな種類を織り分け20~25層もの多重構造を織りなすことです。
京都の伝統産業の若手後継者の集まり「GO ON」チームでは1ミリ単位で糸の角度を変えて織り込むことで、見る角度によって見え方が変わるテキスタイルを試作しました。パナソニックとコラボしたプロジェクトです。最先端のテクノロジーを駆使しながら、常に次世代の織布づくりの研究を進めていきたいと考えています。
(聞き手は松本治人)
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