ブランドの遺産こそ、新作のインスピレーションの源だ――。2017年にスイスの高級時計メーカー「ブライトリング」の最高マーケティング責任者(CMO)に就任したティム・セイラー氏がインタビューに答えた。同時期に最高経営責任者(CEO)に就任したジョージ・カーン氏とともに新生ブライトリングをけん引するセイラー氏に、温故知新ともいえる同社のマーケティング戦略を聞いた。
ブライトリングは18年11月、中国・北京で今後の経営方針と新作腕時計についての考えを発表する大規模イベントを開催、報道関係者や店舗関係者ら500人以上が参加した。パイロットウオッチとして知られているイメージからの脱却を図り、街や海にもマッチするラインアップを一気に披露した。
■1943年生まれのエレガントさを現代に
――コックピットの計器を思わせるパイロットウオッチで有名なブライトリングですが、今回のイベントで最も強調されていたのが、洗練された顔つきの「プレミエ」シリーズでした。プレミエ誕生のストーリーを語ってください。
「ブライトリングというブランドが生まれた起源までさかのぼって、ブランドを再発見しようと思ったのです。特に最近の20~30年ぐらいは、パイロットウオッチに象徴される航空分野に集中してきました。このことは、ブライトリングに成功をもたらし、ブランドの強みともなっています」
「しかし、ブライトリングは航空分野にとどまらない大きな潜在能力を持っていることが分かったのです。膨大なアーカイブを見返してみました。すると、私が見てきたほかのどのブランドと比べても、最も豊かで興奮を覚えるような歴史を持っていました。実はブランド発足当初から、航空分野に特化していたわけではありませんでしたし、1つのスタイルにとどまっていたわけでもありませんでした」
「カギとなるのは、1940~50年代に誕生したエレガントなドレスウオッチだったのです。まさにあのような時計のスタイルを現代によみがえらせたいと思って送り出したのがプレミエです」
――プレミエの最初のバージョンが誕生したのは、第2次世界大戦の真っ最中の1943年です。ヨーロッパは戦渦にさらされていました。なぜ戦時中にあのようなエレガントなスタイルを生み出そうとしたのでしょうか。
「当時のオーナー、ウィリー・ブライトリングの心境を想像するしかありませんが、厳しく難しい時代だったからこそ、人々は日々の厳しさを忘れたかったし、美を求めていたからではないでしょうか。だから、エレガントな時計の分野に乗り出したのではないかなと思っています。あくまでこれは私の仮説ですが」
――現在の世界情勢も、保護主義が台頭し緊張が高まっています。そのような時代だからこそ、あえてプレミエをよみがえらせようとしたのですか。
「それは違います。偶然の一致です。もちろん、今という時代に、プレミエが発売された1943年と同じような悲劇が起きないようにと願いますが。私たちにとって大事なのはブランドの本質的な原点に立ち戻ること。そしてブランドを今の領域にとどまらず、かつてのように幅を広げることなのです」