米津玄師 大ヒット『Lemon』生んだ普遍性と実験性
メジャーデビューから5年を経て、男性シンガーソングライターの米津玄師が大ブレイクを果たした。2018年1月期ドラマ『アンナチュラル』(TBS系)の主題歌『Lemon』(18年3月発売)は、CDが40万枚、配信はオリコンのデジタルランキング史上初の200万ダウンロードを突破。YouTube上に公開されたミュージックビデオは2億7000万回を超えている(いずれも19年1月中旬現在)。昨年はカラオケランキングでも年間1位に。音楽市場が細分化するなか、あらゆるメディアで幅広い年代に支持される真のヒット曲となった。
昨年大みそかには『NHK紅白歌合戦』に初出場。これが大きな話題となり、『Lemon』はCDや配信を合わせた1月14日付のオリコン合算シングルチャートで初の1位を記録している。1月19日からは、初の全国アリーナツアーをスタート(8カ所16公演)。3月には上海と台湾で初めての海外公演も開催するなど、活動規模も拡大する一方だ。
米津自身は『Lemon』以前から音楽ファンの間で高く評価されてきた。17年にはテレビアニメ『3月のライオン』に『orion』、『僕のヒーローアカデミア』に『ピースサイン』、劇場版アニメ『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』でDAOKO×米津玄師として『打上花火』を書き下ろし、それぞれチャート3位内のヒットを記録している。
だが、『Lemon』はこうした過去の楽曲と比べても別格の大ヒットとなった。デビュー以降、楽曲ごとに米津へのインタビューを重ねている音楽ジャーナリストの柴那典氏は、その理由を「米津さんの楽曲が持つ普遍性という"内的要因"と、作品を買いたくなる"外的要因"の双方が非常にうまく噛み合った結果」と説明する。
"適切な温故知新"の楽曲
普遍性が強く感じられるのは、その歌詞とメロディーだ。「『Lemon』はドラマ側から、大切な人を失った喪失感や死をテーマにという要望がありました。折しも、制作中に米津さんのおじいさまが亡くなられたため、自らの悲しみを落とし込む形となり、本人は極めて個人的な楽曲と言ってましたね。でも、死は誰にとっても避けられない命題であるし、彼はその深い喪失感を直接的に死を匂わす言葉は使わずに描いた。それが多くの共感を集めたのだと思います」(柴氏、以下同)。メロディーラインは親しみやすく、どこか懐かしさを感じさせる。ピアノやストリングス、バンドによる温もりあるサウンドが美しく彩り、王道のミディアムバラードに仕上がった。
ただし、アレンジ面を見ると王道一辺倒というわけではない。特に異彩を放つのが、時折挟まれる「クエッ」というボイスサンプリングだ。「近年は洋楽、特にフランク・オーシャンやカニエ・ウェストなどのヒップホップ/R&B界隈で音楽的な革新が起きていて、米津さんはそれにかなり刺激を受けている。日本のポップミュージックの伝統を継承しつつ、新しい音も積極的に取り入れる、極めて"適切な温故知新"をできるのが米津玄師の才能」と柴氏は話す。
一方、ヒットを広げた「外的要因」の1つは、ドラマ『アンナチュラル』との相乗効果だ。「例えば、第4話では幼い少年の父親がバイク事故で亡くなった原因が解明したまさにその瞬間、『夢ならば~』と曲が流れる。問題は解決したが大切な人は帰らない。歌詞が登場人物の気持ちを代弁するかのようなタイミングで流れ、見た人は鳥肌が立ったはず。あそこまで登場人物の心情をあぶり出すことができる主題歌は、そうはない」。
米津の作品はアートワークに本人が直接関わっている点も大きいと指摘する。「デビュー以前から絵を描いてきたので、彼にとって音楽とビジュアルは不可分。CDジャケットも米津玄師の作品になるので、配信の時代でも、ものを手に取る理由、買う必然がある」。
学生時代にボカロPのハチとしてニコニコ動画に発表した楽曲が話題になったのが米津の原点。その頃から、自己表現の1つとしてイラストなども描いていた。
12年に初めて本人名義でアルバム『diorama』を制作。すべての楽曲を作詞作曲し、自らが歌唱した。しかし、「ジオラマ=箱庭というタイトル通り、この時点ではまだ自分がやりたいことに終始していた。自分ごとであって、世の中ごとにしていく発想はなかったと思います。最大の転機はメジャーデビュー曲の『サンタマリア』(13年)でしょう。本気で多くの人に聴いてもらうことを前提に、外へ扉を開いていくという今までとは全く違う作り方になった。あるインタビューで"アフターサンタマリア""ビフォーサンタマリア"という話をした記憶もありますね。それくらい以前とは違うことに挑んだのだと思います」。
音楽的な領域を年々拡大
その後もステップを1つずつ前に進め、新しい扉を開き続ける。14年には2ndアルバム『YANKEE』を携えて、初のワンマンライブを開催。初めて大勢の人前に立ち、歌うことで鋭い感性が喚起されたのも想像に難くない。
そして、ここ1~2年は新たに映画やアニメとのタイアップや、コラボレーションに積極的に取り組み、"他者と自分との共通点"を探る作業を続けてきた。前述の『打上花火』や菅田将暉と共演した『灰色と青』(アルバム『BOOTLEG』収録)などが代表的な楽曲だろう。「『打上花火』はDAOKOさんが歌う前提で作り、後にデュエットをすることになった曲。自分が歌う節回しで作った楽曲ではないですが、アルバム『BOOTLEG』ではセルフカバーもしています。他者とのコラボレーションによって、新たに引き出されたものも多かったと思います」。
こうした経験を重ね、音楽の領域を拡充し続けてたどり着いたのが『Lemon』。普遍性と実験性を備えた上質のポップミュージックが、音楽シーンに与える影響も小さくない。「若年層に人気のYouTuberと比べても、桁違いの2億回という再生回数をたたき出した。音楽ってカッコイイだけじゃなくて稼げるんだと、10代に改めてアーティストへの夢を持たせる存在になったと思う」。
18年10月にリリースした最新曲『Flamingo』は、ボイスサンプリングをさらに大胆に取り入れつつ、民謡を彷彿とさせる和の旋律を融合した実験的な楽曲となった。米津自身は『Lemon』のヒットによって、「大勢と共感できるポップソングの呪縛から解き放たれた」と語っている。さらに自由を得た彼はどうなるのか。音楽シーンを根底から変えるかもしれない米津玄師の一挙手一投足に、ますます注目が集まりそうだ。
(ライター 橘川有子)
[日経エンタテインメント! 2019年1月号の記事を再構成]
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