過疎・ひとり親支援… 女性首長の挑戦、地域に刺激
女性がしっかり力を発揮できる社会をつくりたい――。弁護士や警察官などから首長に転身した女性が、思いを政策に反映させている。これまでの経験を生かし、政策の見える化や住民参加型の施策づくりに取り組み、地域社会に刺激を与えている。
データ活用で施策の成果を検証 滋賀県大津市長・越直美さん
大津市役所(滋賀県)に「データラボ」と記したプレートを掲げた組織がある。市長の越直美さん(43)が、各部署から総勢17人を集め2018年4月に発足させた。滋賀大学データサイエンス教育研究センターとの協力を進め、データや技術を駆使し、19年は市民生活に役立つ政策を積極的に生み出していく。
越さんは12年に全国最年少(当時)の女性市長として36歳で就任した。女性の起業支援などを手掛ける「女性力室」を設置し、活躍を後押しする政策を打ち出してきた。
昨年、データラボで効果を検証したところ、保育施設を新設し定員を5年間で約1.4倍に増やしたことで、0歳から5歳の子どもを持ちながら働く女性(20~40代)が約1.6倍に増えた。子育て期の女性の就業率が下がる「M字カーブ」では低下が見られず、30~39歳では全国平均より約5ポイントも高かった。結果として、女性からの市民税収が伸び市の活力も生み出した。
データ分析を進めるのは「政策を見える化」するため。施策効果をきっちり検証するスタイルは因果関係を明確にする弁護士時代に培われた。
大津市育ち。北海道大学、米国ハーバード大学ロースクールで学び、日米で弁護士として働いた。ニューヨークの法律事務所では、同僚の男性が1年間、育児で休んでいた。「男性も子育てに参加することで、女性が力を振るえる社会をつくりたい」。意思決定と行動が、すばやくできる首長に魅力を感じ転身した。施策を通じ結果を引き出すことが役割だけに、成果の検証にこだわる。
18年4月からは、市役所の男性職員を対象に子育てに積極的に関わる制度を導入。パートナーの妊娠がわかった時点で職員は育児参画計画書を所属長に提出。所属長は連続2週間の育児休暇が取れるよう業務調整する責任を負う。
市職員の意識改革を促し市政に生かしていくことがトップの重要な仕事という。「女性活躍をテーマに様々なデータを分析し、モデルケースを確立したい」と意気込む。
過疎が漂わせる閉塞感打破に挑む 新潟県津南町長・桑原悠さん
新潟県津南町の町長室には幼児が遊べる2畳ほどのスペースがある。ウレタンマットが敷かれ、木のおもちゃや積み木が並ぶ。「子連れのお母さんに来てほしい」。全国最年少の町長として2018年7月に就任した桑原悠(はるか)さん(32)が初登庁日に最初に手掛けたことは町長室の刷新だった。19年は町民と共に子育てに希望が持てる町づくりに挑む。
津南町の兼業農家の長女として生まれた。早稲田大学、米国オレゴン大学留学を経て地方自治を学ぼうと東京大学公共政策大学院に進学。在学中の11年に発生した長野県北部地震で津南町も被害を受け「復興に役立ちたい」と町議に立候補し25歳で当選した。
6年半の町議時代は、消防団の活動や農産物のPRなど地道に取り組み、地方自治のキャリアを積んだ。「町政に新風を吹き込んで」という周囲の声に押され、首長として第一線に立つことにした。
町議時代、地元で養豚業を営む男性と27歳で結婚。3歳と2歳の2人の子どもを育てながら、義理の父母、祖父母と8人で暮らす。故郷に根を張って改めて痛感するのが過疎問題。現在の人口は約9700人で、戦後のピーク時から半減した。「津南の子どもたちが閉塞感が漂う町で育つのではなく、希望や可能性を感じる町で育ってほしい」
政治の師と仰ぐのは、東京大公共政策大学院で知己を得た増田寛也氏(元総務相)だ。岩手県知事時代、改革派知事として名をはせた増田氏から時にメールや電話でアドバイスを受ける。過疎問題に取り組むにあたり「住民という地域の資源を最大限に生かしていくことが重要」と町民との対話で確信した。
過疎から脱却するための、具体的な処方箋として描くのが「DMO(観光地経営組織)」だ。津南という名前を聞いただけでほしくなる物産、訪れたくなる観光地、住みたくなる手厚い移住定住の施策……。19年度は公募した町民らと課題や解決策を考える「津南未来会議(仮称)」を立ち上げる。会議の結論を踏まえて官民でDMOを設立し、地域ブランディングを連携して進める。
ひとり親の家庭同士の仲間作り促す 東京都足立区長・近藤弥生さん
東京都足立区長の近藤弥生さん(59)が力を入れるのが、女性のひとり親家庭の支援だ。子育ては、家族に任せるのではなく社会全体が責任を持って進めていくものだという強い信念を持つ。
「小顔になれる? エステティシャンに、リンパマッサージのレクチャーをしてもらいましょう」「免疫力UPの体づくりと豆まきポシェット作り」。区のホームページなどで公開している「サロン豆の木」のイベント案内には、女性の関心を引くテーマが並ぶ。毎月3回、土曜日に催し、子どもを連れて気楽に足を運んでもらうのが狙いだ。毎回10~20の家族が参加する。
イベントの後半には参加者同士のおしゃべりタイムも実施する。孤立感やストレスを減らすほか、ひとり親家庭同士の仲間作りを促す。サロン参加後に改めて相談の電話がかかってくることもある。そこで生活・子育てに関する不安や悩みなどを聞き取り、区がフォローアップする。
近藤さんは大学卒業後、警視庁に就職。留置施設の勤務では4日に1度の泊まり業務についた経験もある。1980年代の当時、子どもを夕方から預けられる保育施設が少なく、家族の協力が得られないと働き続けられない職場環境だった。警察官としてエースとなるような女性が結局、挫折してやめていった。「女性がどうやったら生きづらさを解消できるのか」。政治家を目指す原点となった。
税理士を経て97年から都議、07年から区長と地方自治のキャリアは長い。優先して取り組んだのが保育施設の整備。区長になって任期中に4600人以上の子どもの受け入れ数を増やした。整備を進める中、ひとり親世帯の実情も見えてくる。母子世帯の約8割が就労しているが、正規雇用は約3割にとどまる。年収も平均200万円未満と厳しい生活環境もわかった。19年度は正規雇用を増やすための就労支援に力を入れる。
「女性が持つ可能性をもっと引き出せるような社会にしたい」。ひとり親家庭が集まれる居場所を設け、可能な限り生活支援策を講じ、子どもが心身ともに成長できるよう温かく手をさしのべる。
市区町村長の女性比率は1.6%、キャリア積める環境整備を ~取材を終えて~
総務省の調査(17年12月31日時点)によると全国1733人の市区町村長のうち、女性の市区長は21人、町長は6人、村長はゼロだ。全体の1.6%程度にすぎない。
首長を目指す上で、国や地方の議員としてキャリアを積むのはアドバンテージになる。女性議員を増やすため、男女の候補者数を均等にするよう政党に促す「政治分野における男女共同参画推進法」が18年に成立した。19年は統一地方選や参院選もあり、取り組みの成果が問われる。
ただ、女性が議員としてキャリアを積んでいくには難しい状況があるのも確か。地方議会で産休や育休の取り扱いが明文化されているところもまだ一部だ。意欲や能力がある女性はいるが、発揮できる環境が整っていかないと、手を挙げる女性は増えない。安倍晋三首相は「20年までに指導的地位の女性割合を全体の3割にする」との数値目標を掲げる。政治の分野は遅れが目立つだけに環境整備が急務だ。
(シニア・エディター 近藤英次)
[日本経済新聞朝刊2019年1月7日付]
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