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それで思い出したのが、娘の松たか子さんです。舞台でご一緒したことがあるのですが、けいこのときから力を抜かないんです。そんなに声を出さないでいいですよというけいこでも、ずっと全力。すると周りは、あの松さんがあれだけ一生懸命やるなら、自分も手を抜けないと思います。僕も松さんの姿勢を見て、自分もそうありたいと思い、今に至るまでけいこ場ではそういう気持ちで臨んでいます。

松さんに話を聞いたら、ある日けいこに白鸚さんが来られて、本気でやっていないとすごく怒られたことがあるそうです。それで、常に全力で取り組むようにしているのだと言っていました。松さんは白鸚さんから学び、僕はそんな松さんからすごく影響を受けました。これも白鸚さんの言う、ご縁だったのかなと思います。

「日本の役者は本当にうまいんだよ」

(写真提供/東宝演劇部)

毎回ゲストの方には、「日本から世界に出て行けるオリジナルのミュージカルをつくるにはどうすればいいのか」という質問をお聞きしています。白鸚さんは「そんなこと、考えたことがないです」と答えました。理由は「今までやり続けてきたことが、明日の舞台につながっているのだから」。そして「今はもしかしたら、素晴らしいときではないかもしれない。過程の途中と感じるかもしれない。嫌なことがあるときかもしれない。でも、今が大事なんです。僕は、今がどんなときでも愛おしい。今をあなどるなかれ、です」とも。

トークショーが終わったあと、乾杯をしてお話しさせていただいたとき、白鸚さんは「日本の役者は本当にうまいんだよ」と何回もおっしゃっていました。繊細な感情表現ができるんだと。それがすごく印象に残っています。ブロードウェイやウェストエンドの舞台に実際に立たれた白鸚さんに、そう言っていただけるのは嬉しいし、説得力がありました。

僕にもブロードウェイの舞台に立ってみたいという夢があります。それも、今いる場所でがんばっていれば、及ばぬことでもないのかな、という思いを抱きました。勇気づけられる言葉でした。

井上芳雄
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP社)。1月5~27日まで、主演するミュージカル『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812』(東京芸術劇場プレイハウス)が上演中。

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第37回は1月19日(土)の予定です。