南米最高峰の麓 アルゼンチンのワイナリーを巡る旅
今月冒険家三浦雄一郎氏が登頂予定の南米大陸最高峰アコンカグア(標高6962メートル)。その玄関口として知られているアルゼンチンのメンドーサには、もうひとつの顔がある。それは南米きってのワインの産地ということ。ワインツーリズム(ワイン産地をめぐる旅)も盛んであり、今回はその体験をお届けしたいと思う。
アルゼンチンワインというと日本人にはあまりなじみがないかもしれない。が、その生産量は世界第5位で、日本ですっかり市民権を得たチリワインよりも多い(国際ぶどう・ぶどう酒機構調べ、2014年)。そして、国内生産量の3分の2以上がここメンドーサで作られている。
首都ブエノスアイレスから国内線航空で約1時間半。この街には「ルハン・デ・クヨ」「バジェ・デ・ウコ」「マイプ」という3つのワインバレー(ワイン集積地)が存在する。中でも「マイプ」はワイナリーが比較的近い距離で点在しているので、自転車などでワイナリーを巡ることができる。
メンドーサの中心地からマイプを結ぶ赤い電車に乗り約30分。駅からすぐのレンタサイクル屋さんで自転車を借りた。観光客を受け入れているワイナリーのマップをもらっていざ出発。まずは約10キロ先のワイナリーを目指す。
道路は、すべてではないが主要な道ではバイク専用レーンがあり、傾斜もほとんどなく走りやすい。美しいブドウ畑が続く中、いたるところに灌漑(かんがい)用水路を見かけた。
前日に乗ったタクシーの運転手によれば、メンドーサはもともと砂漠で、この街に生えている植物の1本たりとも天然のものはなく、すべてが移植されたものだという。
水はけのよい砂質土壌、また、年間を通じ乾燥していて温暖、かつ昼夜の寒暖の差が激しい砂漠性気候はブドウ栽培に最適。唯一降雨量があまりにも少なすぎるという弱点があったが、こうして灌漑設備を作り、ミネラル豊富なアンデス山脈の雪解け水を引いてくることでブドウ栽培に必要な水分量をコントロールしているのだと言っていた。
ワインの世界では「今年は当たり年」とか「〇年はハズレ年」などとよく聞く。これらの多くは降雨量の多い・少ないに起因していることを考えると、これは大きなメリットに違いない。
雨がほぼ降らないということはカビや病気も少ないはずだ。収穫も雨が降らないタイミングを見計らう必要がなく、ブドウの糖度が上がるギリギリまで樹上で完熟させることができるのだろうなぁ。おいしいワインができる条件を目や肌で感じながら、ひたすらペダルをこぐ。
そうこうしているうちに最初のワイナリー「カリーナ・エ」に到着。自転車で10キロって楽勝と思っていたけれど、けっこうヘトヘトだ。
試飲しながら聞いた話をまとめると、メンドーサで生産されるワインのほとんどが「マルベック」という品種。これはフランス南西部原産だが、現在ではアルゼンチンワインを代表する品種となっている。特徴は「赤ワイン」ならぬ「黒ワイン」と呼ばれるほど色が濃く、タンニンがしっかりしていること。
欧米では濃厚な味わいのフルボディワインに仕上げたいときのブレンド用として使われるが、アルゼンチンでは単一品種でワインが作られている。マルベックの単一品種とブレンドしたワインをそれぞれ試飲したが、いずれもどっしりとした芳醇(ほうじゅん)な味でおいしかった。
次のワイナリーではランチをいただきつつ、4種類のワインを試飲。シャルドネ、カベルネフランといった有名な品種のほかに「ボナルダ」という品種のワインがあった。こちらもイタリア原産ながらもアルゼンチンでよく作られている品種。やはり色が濃く、果実味豊かなのが特徴だ。
お隣のチリがカベルネ・ソーヴィニオン、メルロー、シラーといったメジャーな国際品種を中心に生産しているのに対し、アルゼンチンがマルベックやボナルダといったちょっと珍しい品種を作っているのはおそらく両国の食生活と関係している。
チリのワイナリーを訪れたとき、チリではもともとワインの国内消費が少なかったため最初から輸出を目的としているという話を聞いた。ゆえに世界で人気のある品種のワインをメインに作っている。
対してアルゼンチンではワイン文化が根づいている。前出の国際ぶどう・ぶどう酒機構によると国民1人当たりの年間消費量は31リットル(2014年)。日本が3.1リットル(同)であることを考えれば格段に多い。
さらにアルゼンチンといえば牛肉が有名。OECD(経済協力開発機構)のデータによれば、アルゼンチンの1人当たりの牛肉の年間消費量は約41キロ。ウルグアイの約43キロに次いで世界第2位である(ちなみに、日本は約7キロ)。
つまり、自分たちが好きな牛肉に合うワインを追求していった結果、マルベックとボナルダになったのではないだろうか。特にマルベックと赤身の牛肉の相性は最高だ。
メンドーサはワインツーリズムのインフラが整っており、ワインはもちろん食事も非常においしく、お酒好きには天国のような場所だった。
しかし、なにぶん日本からは遠いので、誰でも気軽に訪れるわけにはいかないだろう。ただひとつ覚えておいて欲しいのは「アルゼンチンのマルベック」というキーワード。
赤身の牛肉をがっつり食べる会があったら是非探して持って行ってもらいたい。最高のマリアージュ(ワインと料理の相性)になること請け合いだ。
(ライター 柏木珠希)
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