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米良はるか がんで自覚、経営も人生も一人で抱えない READYFOR社長インタビュー(前編)

2019/1/11

■経営者としてこの会社をどうしていくのか

──闘病を経て、経営者として変わられた部分がありますよね。

米良 そうですね。まず大きかったのは、最高執行責任者(COO)の樋浦直樹や最高財務責任者(CFO)の元田宇亮が、私がいつ戻るかもどうなるかも分からない状況下でも、会社を守り、かつ成長させてくれたこと。

基本的にベンチャー企業は、何かを間違えない限り勢いがあるうちは右肩上がりで伸びるもの。ただ、周囲の状況が変わったときに経営判断を誤れば「下り坂になるかもしれない危機」が常にありますし、そうした危機に結び付きかねないCEOである私の病気はリスクであり得たかもしれません。しかし、病気発覚というときに、一緒に頑張ってきた経営陣がきっちりサポートしてくれた。そして「休んでください」「会社のことは全く心配しなくていいから」と言ってくれたことで、スッと休むことができました。

会社がどんどん成長していく中で、覚悟を持って一緒にやっていく仲間が、私にはちゃんといるんだなと改めて感じられた瞬間でした。

それと同時に、今一緒にいるこのメンバーの、一度しかない人生を豊かにするためには、この会社をどうしていくのか、何を実践していくかを真剣に考えることが自分の役割だなと改めて感じました。

■きのう決めたことを今日実現していきたい

──闘病を経て生活スタイルで変わったことはどんなことでしょうか。

米良 一つ、変わったとしたら、以前よりあまりストレスを感じなくなったこと。

私は「止まること」が苦手で、きのう決めたことが今日実現しているという状況がすごく好きなんです。その意味において今、会社が様々な面から補強されて、良いメンバーが集まり、さらに経営陣の目的意識も高まってきていることで、きのう決めたことを今日実現し、さらにあしたは新たなことに取り組んでいく……とやればやるほどどんどんドライブがかかって進んでいくんです。

──闘病を経たからこそ、時間の使い方もよりスピード感を増したのかもしれませんね。

米良 そういう面はあると思います。すごくハードではありますが、意思決定するスピードがアップしていて、今の状況がとても気持ちがいいのです。(後編に続く)

米良はるか
1987年生まれ。2010年慶応義塾大学経済学部卒業、12年同大学院メディアデザイン研究科修了。大学院時代にスタンフォード大学に短期留学し、帰国後11年に日本初・国内最大のクラウドファンディングサービス「Readyfor」を立ち上げ、2014年「READYFOR(レディーフォー)」として株式会社化、代表取締役CEO(最高経営責任者)に就任。11年世界経済フォーラムグローバルシェイパーズに選出され、日本人史上最年少でダボス会議に参加。現在は首相官邸「人生100年時代構想会議」議員や内閣官房「歴史的資源を活用した観光まちづくり連携推進室」専門家を務める。

(ライター 山田真弓、写真 小川拓洋)

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