打たれても続けた野球と正月がすがすがしいワケ
立川吉笑
小中高の10年間くらい野球をやっていた。小学校時代は京都府予選でベスト4まで勝ち進んだこともある。中学は弱小チームで、勝った記憶より負けた記憶の方が多い。高校時代にいたっては、そもそも勝ったことが数回しかないくらい、負けに負けた。
背が高いという理由でピッチャーをやることになった中学3年の僕は、決まって外角低めへのストレートばかり投げていた。絶対的な自信や、何かしらこだわりがあったわけじゃない。内角の際どいコースに投げ込まれたバッターが逆上して、マウンドへ襲いかかってくるのが怖かったからだ。
小学校の時は背が高いというだけで、喧嘩になってもかなりのアドバンテージがあると思えていた。だけど、中学生にとって背の高さは、強さの根拠として取るに足りない。自分よりもかなり背の低い、いわゆる「ヤンキー」にすごまれ、大きな身体をこれでもかと小さく折りたたんで謝ったことが何回かある。それに小学生と中学生では同じヤンキーでも質が違う。34歳になった今でも中学生のヤンキーにからまれたら、場合によっては泣いてしまう気がする。中学生のヤンキーは怖いのだ。
背が高いという理由でまたしてもピッチャーをやることになった高校3年の僕は、引き続き外角低めへのストレートばかり投げていた。高校にもなると部活動とヤンキー道を両立できるヤンキーはグンと減るから、逆襲が怖かったわけじゃない。単純に自分の投げたボールで誰かが痛い思いをするのが嫌だったからだ。
■通算成績の「体感」は85勝500敗
使用するボールが軟式から硬式に変わり、当たった時のダメージも大きくなった。デッドボールで腕の骨でも折れてしまったら申し訳ない。それで外角低めに投げ続ける単調な配球になるから、毎試合必ず相手打線につかまってしまうし、そもそも一番状態が仕上がった高3の夏季大会直前ですら最速112キロの投球では、どれだけ配球を工夫しようがバカスカ打たれて当然だ。
ちゃんと数えたことはないので「体感」だけど、僕の野球歴の通算成績は85勝500敗くらいのイメージ。小学生時代に勝ち星を稼いだだけで、中高では圧倒的に負け越している。こんなに負けたのに野球を辞めなかった理由は、1試合ごと、1打席ごと(究極的には1球ごと)に気持ちをリセットできる快感があったからだと思う。
当たり前だけど、勝敗は試合ごとに決まる。失点に失点を重ねて2対14みたいな悲しいスコアになっても、あるところまでイニングが進めばゲームセットとなる。すると黒星が1つ増える代わりに、スコアは綺麗にリセットされる。投球カウントも打席ごとにゼロに戻る。したがって、次の試合、次の打席はまっさらな夢のような状態で始めることができるのだ。
負けた次の試合で打ち込まれ、たとえ1対19になったとしても、ゲームセットまで耐え切ればスコアはリセットされる。そしてまた次の試合も、希望に満ちあふれた0対0の状態でプレーボールになるのだ。
■もしも「リセット」がなかったら
もし得点差がリセットされなかったらどうなるか。上の2試合が終わった時点で通算スコアはすでに3対33。そこから7対52、10対70、50対411、100対831と、どんどん差がついていったら、さすがに試合へ向かう気力が失せる。731点差をどうやってひっくり返せばいいのか。
自分に都合がいいリセット感を生み出すのも悪くない。シーズンでみれば、春は1勝7敗だったとしても、夏は気持ちを新たに0勝0敗から始まると考えることもできる。まさに心機一転だ。
思えば年が変わる瞬間というのも心機一転にはもってこいだ。12月31日の自分と1月1日の自分にほとんど差なんてないとわかっている。それでも「1年」という恣意的な区切りを設けることで、なんだか新しい自分が始まっていくような、そんな気がするのだ。
どれだけ昨日までの日々が敗戦続きだったとしても、年が変わったその日から、また新たな気持ちで毎日と向き合うことができる。となると、区切る瞬間を例えば1年単位じゃなくて1カ月単位にしてみてはどうか。さらに1週間単位にしたらどうだろうか。
せめて良くないことに巻き込まれた時だけでも、そうやって区切る間隔を短くしてやることができれば後を引くことなく気持ちを切り替えることができるのではないか。
新年明けましておめでとうございます。お正月がすがすがしいのは、それまでの嫌なことが一瞬でチャラになった気がするからかもしれない。非力ながら、次の試合、次の打者、次の1球こそはと投げ続けた僕が、野球で感じたものとちょっと似ている。高座のマクラでは内角ギリギリを攻めることもおぼえた元球児は、2019年も「今年こそは」と思いながらお雑煮を食べている。
本名、人羅真樹(ひとら・まさき)。1984年6月27日生まれ、京都市出身。180cm76kg。京都教育大学教育学部数学科教育専攻中退。2010年11月、立川談笑に入門。12年04月、二ツ目に昇進。古典落語のほか、軽妙かつ時にはシュールな創作落語を多数手掛ける。立川談笑一門会やユーロライブ(東京・渋谷)での落語会のほか、水道橋博士のメルマ旬報で「立川吉笑の『現在落語論』」を連載する一方、多くのテレビ出演をこなすなど多彩な才能を発揮する。著書に「現在落語論」(毎日新聞出版)
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