ハズキルーペ会長 次の展開はキッズ向けで新CMも
2018年のCM界で大きな話題を呼んだのがハズキルーペだ。豪華なキャストが商品名を連呼する映像のインパクトもさることながら、企業のトップが自らクリエイティブディレクターを務めているのも異例。Hazuki Companyの松村謙三会長にCM制作の舞台裏を聞いた。
Hazuki Companyは、4月に渡辺謙と菊川怜が「ハズキルーペ」をプレゼンテーションするCM、9月に武井咲、小泉孝太郎、舘ひろしが出演する高級クラブを舞台にしたCMを開始。後者はCM総合研究所が発表するCM好感度ランキングの作品別で10月度の1位に輝いた。年間を通しても、銘柄別で前年度の528位から9位へと大躍進。大物俳優が商品名を連呼したり、商品をお尻で踏むといったインパクトの強い表現は大きな話題を呼び、ソフトバンクのCMに菊川が出演してパロディー化されるまでになった。
業界内のクリエイターからも高く評価された今年のハズキルーペのCMだが、実はキャスティングから衣装までの全てを考え、クリエイティブディレクターを務めているのがHazuki Companyの松村会長。松村会長いわく「素人」が作ったCMが、世の中を席巻したわけだ。なぜそれができたのか。
――ハズキルーペはどのようにして生まれたのでしょうか。
●2007年にタカラトミーさんから買収した企業がメガネ型拡大鏡を手がけていました。そのルーペを宝田明さんに番組で披露してもらったところ、いきなり売り上げが伸びたんです。それを見て、絶大なニーズがあるなと。デザインを一新して、レンズ設計も変えて、有名タレントを起用して大々的にマーケティングを展開すれば、何十倍も売れると確信しました。そこで、まず初期投資で40億円くらいかけて機械を入れ替え、最新鋭の自社工場に変えました。だからメイド・イン・ジャパン。そうやって2010年に立ち上げた自社ブランドがハズキルーペです。全自動化を進め、高品質のルーペを大量生産できる体制を整える一方で、年間100億円を超える広告宣伝費を投入して、ブランドを確立させようとしているところです。
――CMに起用されているのは、渡辺さんをはじめ大物ばかりですね。
●ブランド構築のためです。1万円の価値がある商品だと思ってもらうには、やはり一流の方々に「ハズキルーペすごい」「大好き」と言ってもらうのが、見る人の心に一番響く。大物を起用することでブランド価値を上げていきたいという意図は、初代キャラクターの石坂浩二さんのころから変わっていません。
――今年に入り、渡辺さんが出演して以降、反響は絶大です。松村会長が自らクリエイティブディレクターを務められてからのことですが、CMの何を変えたのでしょうか。
●ストレートに「商品を売るCM」に変えました。言っていることは「ハズキルーペ」という商品名と機能だけ。それ以外のセリフは全部そぎ落としました。ただ、押し売りになるといけないから、映像には映画のような芸術性を求めました。商品名を覚えてもらい、機能をちゃんと理解してもらう、しかも何回見ても映像は面白い。そういう作品をつくろうとしたのが、今のところはうまくいっているのかなと思います。
――渡辺さんをキャスティングした理由を教えてください。
●『SAYURI』という映画を見て、名優とほれ込んでいたからです。その映画では、京都の橋のたもとで女の子が鼻緒を切るんです。そこに通りがかった渡辺さん演じる会長が、女の子が困っているのを見つけて、かがんで鼻緒を結び直してやるのですが、その横顔の優しいこと。本当に愛情深い横顔でした。昔、勝新太郎が「役者は、横顔で演技できて初めて一流だ」と言ったそうです。ビジネスでも、正面の顔はニコニコしたり演技ができますが、ふとした横顔で「こいつ、腹は違うな」と分かったりします。横顔ってごまかしがきないんです。だから、その場面の渡辺さんの表情を見たとき、この人は横顔で優しさの表現ができる、本物の役者だと思いました。こんなすごい人に自分の会社のCMに出てもらえたらどんなに幸せだろうと、ずっと思っていました。実現できてうれしかったですね。
――武井さん、小泉さん、舘さんが出演した高級クラブを舞台にしたCMは、CM好感度ランキング10月度の作品別で、auやソフトバンク、NTTドコモを抑えて1位になりました。成功のポイントは何だと考えていますか。
●やはり武井さんの人気が大きいですね。CMでオマージュしたドラマ『黒革の手帖』での着物姿がきれいで年配の男性ファンも多いし、モデル時代から若い女性からの人気も高い。シニア層と20代の両方に響いたから、好感度でトップとなったのだと思います。それは狙ってのことで、世代を下げていくことで需要を広げようとしていますから。20代の武井さん、40代の小泉さん、60代の舘さんが並ぶことで、ハズキルーペは全世代で使えるということを、視覚でイメージしてもらおうと思いました。口で言っても、人にはなかなか伝わらないので。
ただ、キャスティングがすべてというわけではありません。公式YouTubeの再生回数を他社のCMと比較するとよく分かります。うちは112万回とケタ違いの再生回数。つまり、もう一度見たいと思わせるCMなんです。そういう意味では、作品になっているのかなと。僕がシナリオや絵コンテを作り、映画のプロモーションビデオみたいに撮ってほしい、と映像監督に言っています。だから渡辺さんのCMでは、コールセンターに「出ている映画のタイトルを教えてほしい」という問い合わせが来ましたし、武井さんのCMには「流れるのが楽しみです。ありがとう」という声がたくさん寄せられています。
■理論と感情、両方あって人は動く
――映画がお好きで、絵画のコレクターでもある。芸術的な素養があってのクリエイティブディレクターとしての活躍のように思えます。
●映画はすごく好きなので、いい映画は時間の許す限り何回でも見ます。『地獄の黙示録』『ディア・ハンター』『シンドラーのリスト』は繰り返し見ています。絵画は、父が建築家だったので書斎に絵画の本がたくさんあり、好きで見てました。学生時代もしょっちゅう美術館に行っていたし、今も海外に行くと美術館を回ります。絵画のコレクションは700~800枚あります。僕は、画家が命をかけて描いたものかどうかぱっと分かるんです。画家の大家に「画家の目を持っている」とも言われました。いい絵画は、見る時間や気持ちによって見え方が全然違うので、いろんな楽しみ方ができます。
静止画でそうならば、動画もお金をかけて作り込めば、何回見ても堪えられるものを作れるという確信がありました。なのでクリエイティブディレクターとして、企画、演出、脚本の全てを僕が考えました。企画では、プロの誰もが不可能だと言った『黒革の手帖』をモデルにしたCMを実現させました。オスカープロモーションの古賀社長が自らテレビ朝日の会長を説得までしてくれたのです。セリフも全て僕が書き上げたもの。スタジオでは、現場でカメラの位置まで指示。演出では、何度も撮り直しをさせず、1回目の撮影で決めました。衣装も、予算とは別にポケットマネーで一流のものを用意させました。ただ映像、音楽、CGについては一流のスタッフにお願いしました。
――人の心を動かす作品をつくる上で大事なことは何ですか。
●理論的な部分と気持ちに訴える部分。両方あって、初めて人は動くと思っています。うちのCMなら、機能を説明するだけじゃだめで、感情を入れるのが大事。それが「すごい」「大好き」なんです。やはり人は熱意に押されるので、そこが一番の肝です。
――2019年はどんな展開が待っているのでしょうか。
●CMは、春先に新作を準備しています。絵コンテもできていて、関係者からは「最高傑作じゃないか」とも言われています。楽しみにしていてください。ハズキルーペは、2019年には月産100万本の体制をめざしています。子供までの全世代に対応できるようにする計画です。来年以降にはキッズ向けを出したいと思っています。そのときは、例えばお母さんと子供といった、新しいCMシリーズを立ち上げることになるでしょうね。
(日経エンタテインメント! 小川仁志)
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