異業種から転職、倒産の危機が生んだカシミヤセーター
UTO社長 宇土寿和氏(下)
日本で唯一というカシミヤセーター専門メーカー、UTO(ユーティーオー、東京・港)の宇土寿和社長は旅行業界からアパレル業界に転じた異色の経歴の持ち主。独立して高級ニット製品を手がけるが、在庫と資金繰りに苦しめられて窮地に追い込まれた。その経験を糧に立ち上げたのが、最高級素材にこだわったオーダーメードという独自路線だ。前回掲載「プロ直伝! カシミヤセーターの『失敗しない選び方』」に引き続き、宇土社長に挑戦の軌跡とカシミヤの魅力について聞いた。
――宇土社長は旅行業界の出身です。なぜファッション業界に転身したのですか。
「当初は旅行会社で、蘭(ラン)の視察ツアーなどを企画していました。23歳で独立して音楽関連ツアーとともにアパレル業界向けにロンドン、パリ、ミラノのブティックや展示会を巡るツアーを手掛けていました」
「顧客に随行して展示会で現地アパレルの関係者から話を聞いたり、一流ブランド品を扱う地元工場を視察したりしました。いつしかファッションビジネスの魅力のとりこになり1980年、30歳のときにアパレルメーカーに転職しました」
■起業するも4年であわや倒産
「営業や企画を経験して独立、92年に起業しました。社員は3人で、ハイセンスなブティックに高級ニット製品を供給しました。ところが、数多くのデザインをそろえようと、手を広げ過ぎたため在庫に悩まされました。委託販売だったため資金繰りも厳しく、業務提携先のニット工場が96年に倒産し、連鎖倒産の危機に陥りました」
「銀行を駆け回って倒産自体は避けられたものの、社員の再就職探しに奔走、東京・青山の事務所は閉鎖して自宅に移しました。経営塾に通うなどして独自のビジネスモデルの確立に取り組み、BtoB(企業間取引)だったものをBtoC(消費者向け取引)に切り替えることにしました。最高級の天然繊維であるカシミヤを使いオーダーメードで提供するのです。消費者との直接取引となるため、利益率も大きくなります」
「『同じ人に繰り返し買ってもらう』という従来のアパレルのビジネスモデルは通用しません。安定的な成長をめざすなら世界市場を狙うしかありません。最高級のカシミヤ製品に特化することは強い訴求力になると思います」
■軽さ、柔らかさに思い入れ
――カシミヤを選んだのはなぜですか。
「ファッション業界に入った時からその風合い、軽さ、柔らかさには思い入れがあり、扱った経験も豊富な得意分野でした」
――最高級のカシミヤの調達には苦労も少なくないのでは。
「カシミヤはカシミヤヤギという山羊(ヤギ)の毛です。現在は中国、モンゴル、イラン、アフガニスタン、ロシアなどが産地国で、質量ともに中国、モンゴルが一頭地を抜いています。中国のカシミヤ産出量は世界の約70%を占めています」
「冬には気温がマイナス30度にまで下がるほど寒暖差が激しいアジアの山岳地方の気候が、カシミヤ特有の細くて柔らかい毛を育むのに適しているのです」
「採取するのはカシミヤヤギの体の表面を覆う長くてごわごわした剛毛の内側、大変細くて弾力性がある産毛です。夏を迎える前に生え替わるので、カシミヤ原毛は春が収穫期です。熊手のような鋤(すき)で梳(す)き取る以外に方法がなく、放牧している現地の人々が時間と手間をかけて採取しています。1頭から取れるのは約170グラム。その中から長くて細い繊維をより分けるため、セーター1枚に4頭分の毛が必要となります」
――カシミヤヤギの生息地としては中国・内モンゴル自治区のアラシャン地域などが知られています。
「内モンゴルで採取するものは純白の『ホワイトカシミヤ』と呼ばれます。モンゴル国が位置する外モンゴルでは、ほのかに色が付いた『ブラウンカシミヤ』が多く取れます。価格はホワイトカシミヤの方が若干高めです」
「カシミヤの染色は色を抜かずに足していくのが基本です。紺色や黒色など明度が低い場合はブラウンカシミヤを用います。白色そのものやイエロー、ピーチなど明るい色やパステルカラーなど薄い色にはホワイトカシミヤを使います」
「一般のウールは国際市場での取引が成立しますが、カシミヤは放牧民とバイヤーとの交渉という昔ながらのやり方で価格が決まります。この20年間で価格が3割ほど上昇し、最近は高騰しています。各メーカーとも在庫があるので、この冬は大丈夫でしょうが、数年後は値上げに踏み切らざるを得ないかもしれません」
――カシミヤの糸の太さなどはどのように決まるのですか。
「最高級の原毛は平均で太さが14マイクロ(マイクロは100万分の1)メートル、長さ35ミリメートルです。糸は『26番手』から『28番手』のカシミヤ100%が最高品質とされます(『番手』は糸の太さを表す単位。数が増すほど細くなる)。26番手は原毛1グラムから26メートル、28番手は28メートルの糸を撚(よ)ったものです。28番手の方が柔らかい布地になります」
■国際カシミヤ市場は日中伊の三国志か
――何番手が国際的に主流なのですか。
「イタリアの紡績メーカーが主に採用する28番手でしょうか。かつてはイタリアと、26番手の糸を使う英国メーカーで、カシミヤなど高級紡績の分野を二分していました。しかし英国勢の低迷で、イタリア勢の存在感が増し、欧米では28番手が主流になってきています」
「日本の東洋紡糸工業(大阪府忠岡町)も優秀です。カシミヤの糸を手間をかけてゆっくり紡績しています。イタリア製より高価ですが、丈夫なセーターに仕上がるため、当社では東洋紡糸の26番手を中心に使っています。老舗の英紡績メーカーが中国企業に買収されるなど、高級紡績産業でも中国勢の進出が目立っています。イタリアと中国の覇権争いに日本勢がどう加われるかが注目されます」
(聞き手は松本治人)
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