常夏ハワイで日本酒広める 新市場に挑戦する女性社長
世界で急増!日本酒LOVE(6)
ハワイやシンガポールなど海外の暖かい地域を中心に、日本酒を広めようとしている女性社長がいる。日本酒の海外販売戦略立案など輸出支援を手がけるRainbow Sake(レインボウ・サケ、広島県呉市)の代表取締役・菅波葉子さんは2013年、ハワイで日本酒ビジネスをスタートさせた。海外で日本酒を広めるにあたり、菅波さんは自分自身のビジネス観をはっきりさせた上で取り組んでいる。
最初の地にハワイを選んだ理由を、菅波さんは「会社を立ち上げる前に、フランスやドイツなどヨーロッパの日本酒の市場調査に行きました。とても面白そうなマーケットだけど、ビジネスとして売り上げにつなげるには、時間やコストが非常にかかるのではと思ったのです。10年、20年は軽くかかってしまうイメージでした」と振り返る。
起業する前からハワイで生活していたこともあり、現地の飲食店とのコネクションがあった。また、ハワイは日系アメリカ人も多く、日本酒をはじめ和食文化が米国の他州に比べて、より浸透していた。「ハワイであれば、すでに日本文化になじみのある日系アメリカ人を通じて、より早く日本酒文化を現地に伝授できるのでは」と判断した。
日本と歴史的にもつながりの深いハワイはマーケット規模としては小さいかもしれない。だが、その地で日本酒文化を発信していく意義の大きさを感じたのだという。
最近は海外に進出している蔵元も増えている。だが、進出して10年経っても、現地ではその銘柄がまだ認知されていない、という例も多い。現地できめ細やかな販促営業やPR活動に継続的に取り組み、酒文化として根付かせることが大切だ。一方、日本の蔵元には海外での日本酒販売のノウハウを持つ人が少なく、菅波さんのような人材が欠かせない存在となっている。
ハワイでビジネスを始めた時点では、日本酒は現地のすし店や和風居酒屋などで和食とのペアリングを楽しむくらいで、客は店に置いてある日本酒を勧められるままに味わう程度だったという。
現在はハワイの地元客でも、自分で日本酒の銘柄をセレクトするようになってきた。酒の知識も豊富になり、客と店員が酒談議で盛りあがることも珍しくない。酒のボトルのラベルを備忘録としてスマホで撮影する客もおり、「大吟醸って何」と、店員に積極的に聞くことも普通の光景だ。
「和食以外のいわゆるノンジャパ(Non Japanese)系の飲食店でも、日本酒を提供する店が少しずつ出てきました」と、菅波さんはうれしそうに話す。
菅波さんはほぼ毎月、ハワイの飲食店や小売店で日本酒を楽しむディナー会やテイスティング・イベントを開催している。2018年12月にホノルルにあるアラモアナセンター近くの和風居酒屋「やっちゃば」で開催した日本酒イベントでは、通常の日本酒のテイスティングに加えて、初心者向けに日本酒の生原酒で作ったハイボールも提供した。
常夏のハワイでは、ビールに氷を入れてガブガブ飲む人々もいる。このため、シュワシュワした炭酸の喉ごしが楽しめる、新しいタイプの日本酒ハイボールをカジュアルなスタイルで提案したのだ。日本酒デビューする人からは、「ウイスキーのハイボールよりクセがなく、色々な料理に合わせやすい」と大好評だった。
シンガポールでは2014年から事業を開始。ハワイと同様、現地の飲食店や小売店に日本酒の銘柄ごとの特徴を伝えたり、売り方を指南したりしている。同じ常夏のイメージがあるが、「ハワイとは味の好みが違う」という。
「どちらも南国なのでスパイシーな料理が食されます。ハワイでは、辛味料理に合う甘口系の酒の中でも後味がドライで、キレのいい酒が人気です。一方、シンガポールでは、甘口系の酒でも後味の余韻が長いもの、まったりとした旨(うま)口の酒が人気です」(菅波さん)。
また、シンガポールでは最近、甘すぎない爽やか系の日本酒スパークリング(awa酒、あわざけ)も人気が高まっているという。
菅波さんが日本酒の魅力を発信しようと思ったきっかけは1冊の本との出合いだった。
今から約14年前、リクルートでメディアの編集長兼営業マネジャーとしてバリバリ働いていたころ、「発酵道―酒蔵の微生物が教えてくれた人間の生き方」(河出書房新社)という本に出合った。著者の寺田啓佐さんは千葉県の自然酒蔵元・寺田本家の23代目当主だ。
微生物と共生して、役割を最大限に発揮させた時に本当にいい酒ができる、と微生物の世界が深く描かれていることに感動した。日本酒造りと、日本人の繊細な感性との奥深い関係にも感銘を受け、「日本人にしかなしえないこの食の伝統文化を、もっと世界に伝えていかないと。日本酒を媒体にして『日本人の和の心』を伝えていきたいと思ったのです」(菅波さん)。
菅波さんは短大卒業後に英国に留学したこともあり、「外から見た日本の魅力」を探求したいという気持ちが強かった。また、日本やハワイで飲食系フリーペーパーの営業経験が豊富で、レストランとの接点は国内だけで延べ3万件もあった。こうした営業力やノウハウを武器に、日本各地の蔵元と世界の飲食の現場とを結ぶ架け橋になろうと精力的に活動している。
2011年には日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会(SSI)認定の日本酒のきき酒師の資格を取得。2013年には、菅波さんのビジネスプランが中小企業庁の海外事業部門創業支援事業に採択された。同年10月に会社を設立し、2014年にSSIの国際きき酒師の資格も取得。現在はイギリスのワイン協会(WEST)の資格取得を目指している。「ワイン好きな外国人にワインと同じような言葉で日本酒の魅力を的確に提案できるようになるのです」と、狙いを語る。
菅波さんは以前、米国で男性2人から「純米大吟醸酒で一番おいしいのはどれですか」と聞かれたが、適切なアドバイスができなかったことがあり、それを今でも悔やんでいるという。それ以来、「日本文化は日本人なら知っていて当然。日本酒の基本的な知識や出身地の代表的な銘柄も、ビジネスパーソンとして知っておかないと」と肝に銘じるようになった。
現在は日本の広島やハワイ、シンガポールで活動している。今後は米国本土などにも拡大していく予定だ。米国は日本酒の最大の輸出国で輸出額は年間約60億円程度という。
世界で愛されるワインと同等クラスの酒として、海外でも日本酒文化を育み、世界中に認知してもらうには、やるべきことがたくさんある、と菅波さんは意気込む。
(GreenCreate 国際きき酒師&きき酒師 滝口智子)
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