リクルートスーツはいつ黒になった?(下) ~バブル崩壊以降 はじまりは1998年
ホンネの就活ツッコミ論(77)
前回に続いて、リクルートスーツの歴史がテーマです。前回はリクルートスーツの誕生からバブル期までをまとめました。今回はバブル崩壊の1990年代から現代までをまとめてきます。
1990年代に氷河期突入もしばらくはカラフル
1992年から就職氷河期に入り、これが2000年代半ばまで続きます。ただし、リクルートスーツがすぐ黒になったわけではありません。
1996年「リクルートスーツに対するイメージの構造と着用の実態」(中野克美など、大阪教育大紀要第2部門第45巻第1号)では現在のリクルートスーツ(スカートスーツ)が女子学生では65.4%と多数を占めています。しかし、色はスーツが紺色67.4%、ブラウスは白82.8%でブラウスこそ現在と同じですが、スーツはまだ紺色が多数派です。
男子学生はワイシャツでは白92.9%、ネクタイは「地味な感じ」68.4%。1970~1980年代に主流だった赤系統などを含む「派手な感じ」は30.4%にまで後退しています。しかし、スーツは紺62.5%、グレー19.6%などとなっています。そもそも、アンケート調査で「黒」は選択肢にすらなっていません。
1996年のリクルート調査(「就職活動時の大学生の消費意識と行動について」)でも、男子学生は紺色が92.6%、グレー4.7%、グリーン系1.1%など。女子学生はグレー系43.0%、紺系42.6%、ベージュ系7.4%、茶系2.6%などとなっていて、黒はこちらも登場していません。
1998年ごろから2000年にかけて、黒が広まる
1998年『就職ジャーナル』2月号の「活動スーツ、どこまでオシャレできる?」記事で、女子学生のアンケート結果の中に、リクルートスーツの項目があります(複数回答可)。こちらでも紺70.6%、グレー52.9%と上位を占めますが3位に黒が登場(茶と同率で17.6%)します。この記事から1998年ごろから2000年にかけて、黒が広まっていったことが推察できます。
2000年11月2日付の繊研新聞「西武百貨店 池袋店のリクルートスーツが早期化で立ち上がり順調」でも、女子学生向けでは「出足好調な商品ははん用性のあるベーシックタイプ。『早めに就職活動する学生に共通する傾向だ』(石川洋商品部婦人服飾二部バイヤー)という。グレーやチャコールの三つボタンを中心に、黒スーツの動きもいい」。男子学生向けでも「今シーズンは紺一辺倒ではなく、黒のマイクロチェックなども充実する」と、それぞれ、黒が登場しています。
2000年の女子短大生向け調査(「リクルートスーツに関する実証的研究」竹之内幸子、『立正大学社会学・社会福祉学論叢』第33号)でもダークグレー50.0%、紺色28.3%、薄いグレー・ベージュ21.7%、黒20.4%となっており、黒が好まれていく過程であることが明らかです。
黒が多数派になったのは2002年~2004年ごろ
リクルートスーツの色で黒がトップとなった記事は2002年でした。同年3月2日の産経新聞朝刊「リクルートスーツ デザインも丈も無難が基本 意外?人気色に『黒』」には、こうあります。
リクルートスーツで黒は当時としては意外だったのか、同年の河北新報3月8日記事「リクルート商戦ピーク/就職活動 黒でキメる/『着回し可』に人気」にも、こんな記載が。
『就職ジャーナル』でも2003年まではベージュ、紺色などが主流です。しかし、2004年11月号の「気になるファッション&マネー」記事では内定学生8人のうち、黒以外の学生は女子学生1人(ベージュ)。それも、理由としては「リクルートスーツの色が絶対に目立つベージュにしたい」とコメントしています。つまり、当時すでに黒が主流になったことを示しています。
こうした新聞・雑誌記事から、黒が主流になったのは2002年~2004年頃、と推定できます。
黒批判も2000年代から登場
黒だと使いまわしができるので広まったのは、現代からすれば意外感があるかもしれません。一方、黒の画一感は好き嫌いが分かれ、2004年には早くもリクルートスーツ批判が記事として出ます。小説家の江上剛さんによるコラム(朝日新聞2004年5月26日)によると、
『AERA』2007年8月27日号「同じはもう嫌 リクルートスーツ」では記事リード文に「個性やオシャレを競っていた大学生たちが、就活が始まると突然、みんなそろって黒スーツに白シャツに変身する」とあり、その定着ぶりを示しています。
この記事が面白いのは、当時はリーマンショック前の売り手市場だったことです。女子学生のファッションをマニュアルからあえて脱線している模様を書き連ねています。「就活のマニュアルではNGとされるような、パール付きのネックレスやドロップタイプのピアスも着けて面接に臨んだ。オシャレをする楽しみを捨てたくはなかった」
男子学生は記事4ページ中、写真こそ2人と女子学生と同数ですが、インタビューは特になし。「面接では袖丈は直してぴったりの長さにした方がいい。もう一つは、丁寧に扱うこと。帰宅したらスーツはハンガーにかけ、革靴にはシューキーパーを入れる。ネクタイはしわを伸ばす時間をあけることを考えると3本は必要です」など、ファッションアドバイスがあるのみです。いくら『AERA』が2007年ごろから女性読者を重視するようになったとは言え、影が薄すぎます。このあたりから就活の男女格差逆転(女子学生が強く、男子学生が弱い)が出てくるようになった一例と言えるかもしれません。
「写真映え」「冠婚葬祭に使える」「予算の問題」
ところでこの記事には、黒スーツに白シャツという定番が定着した理由も探っています。取材先は伊勢丹の写真室。当時も今も「伊勢丹で撮ると合格する」との都市伝説ができるほど有名です。伊勢丹の担当者は「写真撮影には、ダークスーツに白いシャツが顔色が最も映えるのでお勧めです。薄いブルーやグレーのシャツでいらっしゃる方もいますが、写真としては白が一番映えます。」とコメント。記事では「もしかしたら、写真映えするのは黒白という情報がいつの間にか就活には白黒と、伝わるようになったのかも知れない」とまとめています。
続けて、伊勢丹担当者が大学を回ったとき、一緒に回ったスーツ売り場担当者のこんなアドバイスを聞いたと紹介しています。「黒なら入社してからも、冠婚葬祭でも使えますよ」さらに続けて、スーツを買う予算を考えれば何着も買えないので「1着目は黒が無難」ともデータと絡めて紹介しています。
黒スーツ定着の理由としてはこの3点を挙げていますが、リクルートスーツ、冠婚葬祭で使いまわせるものですかねえ? これはいくらなんでも牽強付会のような。写真映え、何着も買えない予算の問題というところがどうやら真の理由のようです。
それから色彩心理による影響を挙げる文献もありました。「服飾色彩の役割と印象操作に関する研究」(外崎由香『人間生活学研究』第20号、2013年)によると「百貨店、アパレル業による販売促進の受け入れ」「印象操作と所属意識」「色彩心理による影響」の3点によって女子学生は黒のリクルートスーツを着用する心理になった、としています。3点目については不安定な就職率の他に1980年代の親世代で黒が流行色となり、黒の色彩印象が悪くないから、としています。
リクルートスーツで黒が主流となってから15年近く経過しています。その間、氷河期から売り手市場に転じています。が、いまだにリクルートスーツは黒が主流。と言って、企業側は色にこだわっているわけではありません。
私は学生に「黒以外の色でもいいですか?」と聞かれたら、何色でもいい、とアドバイスしています。自分が合うと思う色のスーツを選ぶのが一番。ただし、現在は男子・女子とも黒を選ぶ学生が圧倒的多数です。紺色やベージュなどを選べば、目立つことは目立ちます。それを悪目立ち、と考えてしまうようなら、黒を選んだ方がいいでしょう。「黒ではないんだ」と言われても「目立つからこの色にした」と言えるようなら、黒以外を選ぶのもいいでしょう。さて、あなたは何色のスーツを着ますか?
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