データでみる女子総合職採用の変化
ホンネの就活ツッコミ論(73)
今回のテーマは「変化する総合職採用」です。東京医科大学の入試で女子の受験生は学科試験で得点を不正に調整され不合格とする、いわゆる不正入試が2018年8月に発覚しました。あえて女子を落とす不正入試、就活でも相当数の企業で実施されているのでは、と話題になっています。では、実際のところはどうか、過去データから検証しました。
東京医科大の不正入試に「他もやっている」
8月、ただでさえ裏口入学事件でガタガタとなっていた東京医科大で不正入試が発覚しました。受験生のうち、女子や男子の多浪生は1次試験の学科試験から得点を調整。合格しづらくなるようにしていたのです。この不正入試事件で、女性差別が改めて注目されるようになりました。現在は東京医科大だけでなく医学部のある全大学に対して文部科学省が調査している段階です。
事件の余波は医学部にとどまりません。就活においても総合職採用について女子を抑えているのでは、と注目されるようになっています。
入試と異なり就活では違法性は薄い
実際、大半の企業では女性の総合職採用を抑えるために得点調整をしていることは私も取材でよく聞きます。ただし、東京医科大の不正入試と民間企業の総合職採用が大きく異なるのは、女子にとっての不公平な判断が認められるかどうかです。
東京医科大の不正入試は、募集要項に女子・多浪生を不利な扱いにする、と書いたわけではありません。受験生は不正入試を知らないまま受験したわけです。この扱いが許されるわけがなく、詐欺に近い、との意見すらあります。仮に受験生側が受験料返還を求めて訴えた場合、相当な人数が返還対象となる見込みです。
一方で、民間企業の採用は大学入試のような公平・公正さを担保することが求められません。企業にとって戦略的に男性社員を増やす(あるいはその逆)こともあります。しかも採用においては、単純に優秀かどうか、というだけではありません。その企業に合うかどうか、というマッチングの問題もあります。そのため、総合職採用が男子学生に偏っているからと言って、その企業が差別的、とまでは断定できないのです。
厚労省データと個別3社の総合職採用者数データ
厚生労働省の平成29年度雇用均等基本調査によると、総合職について「男女とも採用」した 企業49.6%(平成 28 年度42.1%)、「男性のみ採用」35.7%(同 44.4%)、「女子のみ採用」14.7%(同13.5%)となっています。雇用均等基本調査からは、まだ総合職採用で女子を敬遠している企業が相当な割合であることが明らかです。
では、個別の企業ではどうか、就職者数の過去データから見ていきましょう。同じ専門商社、かつ、2018年現在でくるみんマーク(厚生労働省「次世代育成支援対策推進法」の取り組み企業として認定済みのマーク)を取得しているトラスコ中山、帝人フロンティア、岡谷鋼機の3社について総合職採用(トラスコ中山は「キャリアコース」)の男女別人数を調査しました。出典は『就職四季報女子版』(東洋経済新報社)の2012年度版、2015年度版、2016年度版、2019年度版の4冊です。
2009年 男12女26
2010年 男17女15
2011年 男6女12
2012年 男13女24
2013年 男17女26
2014年 男31女27
2015年 男27女27
2016年 男21女40
2017年 男23女24
2018年 男43女40
2009年 男17女3
2010年 男4女1
2011年 男11女0
2012年 男8女5
2013年 男11女3
2014年 男13女3
2015年 男13女3
2016年 男11女7
2017年 男14女7
2018年 男11女6
2009年 男21女3
2010年 男13女2
2011年 男16女3
2012年 男21女6
2013年 男28女4
2014年 男16女4
2015年 男17女5
2016年 男21女6
2017年 男24女4
2018年 男22女8
同じくるみんマーク企業でもタイプが違う
くるみんマーク取得企業は女子学生にとっては働きやすさの目安、として指導する大学が多くあります。私も女子学生向けに講演する時は同じ話をしています。しかし、同じくるみんマーク取得の企業でも、3社はタイプがそれぞれ異なります。
トラスコ中山は男女比が半々かそれ以上となっています。帝人フロンティアは2011年以前だと女子比が2割以下であり、2012年以降に3~4割程度と増えています。一方、岡谷鋼機は1~2割程度で、2018年に女子総合職の人数は8人と増えていますが、それでも3割未満。なお、くるみんマークを取得していない企業だと、女子総合職の採用者数がずっと0人か数人程度、という企業もあります。
分水嶺は第二次安倍内閣
女性の総合職採用は男女雇用機会均等法制定の1985年以降に進みました。が、初期の総合職採用は1980年代後半のバブル景気もあって拡大したものの、バブル崩壊で縮小ないし採用停止とする企業が続出します。この影響もあって、2000年代以前から総合職採用の女子比率が高い企業、というのはそれほど多くありません。トラスコ中山は数少ない例外、と言えます。
稲畑産業のように、2000年代に入っても総合職の女子比率はそれほど高くなく、この数年でようやく上がってきている(がそれでも3割未満)というのもよくあるパターンです。あからさまにゼロないし数人程度(女子比率は1割未満)という企業もこのパターンに近いでしょう。こうした企業の言い分としては「顧客が女性の担当者を敬遠する」「これまで総合職は男性中心だったので女子を採用するメリットがない」など。「2000年代以前から多い」「ここ数年で多少増やした程度」というパターンの中間が「2012年以前は多くない・2012年~2014年頃から増やしていき女子比率も上がっていった」というものです。
2012年の総選挙で民主党(当時)が敗北、変わって自民党の安倍晋三内閣(第二次)が成立します。安倍内閣は「女性活躍推進」を政策として掲げ、2014年には閣議決定で「女性の活躍推進の取組を一過性のものに終わらせず、着実に前進させるための新たな総合的枠組みを検討する」としました。そして2015年には女性活躍推進法(女性の職業生活における活躍の推進に関する法律)を制定します。この法律で2016年から301人以上の労働者を雇用する企業(事業主)は、女性の活躍状況の把握、一般事業主行動計画の策定と届出・外部への公表が義務付けられました(300人以下の労働者を雇用する企業は努力義務)。女性活躍推進の優良企業は厚生労働大臣の認定(えるぼし認定)があるほか、日本政策金融公庫からの低利融資、公共調達における加点評価などの特典付きです。
こうなると、それまで女性総合職の採用拡大に消極的だった企業も動かざるを得ません。そのため、女性の総合職採用は2012年~2014年ごろに大きく変わった、と言えます。それまでは数人程度の採用だった企業が結果的には3割以上か、年によっては半々となるようになりました。総合職採用は第二次安倍内閣が分水嶺になった、と言っていいでしょう。
医学部入試と異なる総合職採用の変化
古いデータをもって、あるいは現在のデータをもって「女子学生の総合職採用は抑制されている、今も昔も」との説を唱えるのはそう難しいことではありません。過去データを調べていけば総合職採用の女子比率が低かった(あるいはゼロ)の企業は多数を占めます。現在においても、総合職採用の女子比率が低い企業は相当ある、と言っていいでしょう。
ただし、東京医科大の不正入試と異なり、総合職採用は変化している真っ最中です。政府方針、女性活躍推進法の制定・施行だけではありません。2013年ごろから続く売り手市場は、企業からすれば採用氷河期と言っていいくらい厳しい状況が続いています。「女子はいらない」などと言っている余裕がなくなってきています。そのため、女子学生の総合職採用は今後、拡大こそすれ、抑制される見込みはほぼない、と言っていいでしょう。
もちろん、女子学生からすれば、女性の先輩社員・役職者が多いとそれだけ安心できる、という方もいるでしょう。そうした方はトラスコ中山のような、2000年代以前から総合職の女子比率が高い企業を探してみてください。
ただし、そうした企業は多くありません。大半はここ数年、あるいは2012年~2014年ごろから総合職の女子比が高くなっています。将来は変わるにしても過去はそういうものだった、と踏まえたうえで志望企業を決めていってください。
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