なぜ文学部は就活に弱いと言われるのか
ホンネの就活ツッコミ論(20)
今回のテーマは「文学部と就活」。文学部と言えば、某就活本に「慶応や早稲田でもめったに就職がない」と名指しされるほど、「就職が悪い」とのイメージがついてしまっています。国立大学の文系学部、もっと言えば文学部系統は文部科学省の意向もあって次々と改組に踏み切っています。
文学部の就活は実際にはどうでしょうか。学生が就活をきちんとしていれば、就職できているのが現状です。では、なぜ文学部は就職が悪いと批判され続けるのでしょうか。
理由1 文学部草食系説
草食系と言いますか、もっと言えば宣伝が下手。「文学部は役立たず」と批判されたとしても、文学部関係者はきちんと反論すればいいだけです。たとえば、民間企業への就職希望者だけ見れば他学部に比べてそれほど遜色ありません。そうしたデータを提示していけば、文学部批判に対して有効な反論が可能と考えます。
ところが、これをきちんとできる文学部の関係者がどれほどいるでしょうか。ゼロとまでは言いませんが、多くないのが現状です。結果、文学部批判だけがずっと残り続けてしまうのです。
理由2 文学部の批判は昔から
文学部批判は実は近年だけのものではありません。1950年代ごろから、女子学生が多くて軽薄だの、学生運動の巣窟だのと言われ続けていました。『知性』(1956年7月号)の「大学文学部の現状はこのままでいいのか」(高橋義孝)、慶応義塾大の『三田新聞』(1959年12月10日号)、『中央公論』(1962年3月号)の「文学部組替え論」(福原麟太郎)などには、文学部批判ないし改造論が掲載されるなどしています。
1970年代ごろまでは、学部の教育内容と就職先が文系学部も含めて関連性がありました。そのため、文学部の学生が就活で不利だったことは否定できません。学部の教育内容との関連性が薄まった1980年代以降も、「文学部は就職に弱い」と言われ続けてしまっています。
理由3 教員・公務員・フリーランス志望が他学部よりも多い
文学部の特性として、就職を強く意識しない学生が他学部より多いことが特徴です。就職を強く意識しないとは、小説家志望であったり、世界一周旅行をしたいと考えたり、学生によって様々です。いずれにしても、就職を考えているわけではありません。それから、教員、公務員、学芸員、図書館司書への志望者が多いのも文学部の特徴です。
公務員は法学部生などにも多いのですが、法学部だと教育内容と公務員採用試験との関連性が高い、と言えます。公務員関連の講義などキャリア支援も多いこともあります。その点、文学部は教育内容と公務員採用試験の関連性は法学部ほど高くありませんし、キャリア支援も法学部ほどではありません。
では、教員採用はどうか、と言えば、こちらも学部との関連性で言えば教育学部に負けています。しかも、非正規採用が多いこともあり、就職に強いとのイメージにつながりにくいのです。
文学部が強いのは学芸員、図書館司書養成。ただ、どちらとも資格を取得できても求人数がそもそも少ない、という特徴があります。現状では、学芸員・図書館司書の資格を持ちながら、全く別の業界・企業に就職する学生が大半です。
フリーランス志向、教員・公務員志望、学芸員・図書館司書志望、いずれも文学部の就職の強さをアピールできる材料にはなっていないのです。
理由4 出版などマスコミ志望者が多い
民間企業を志望するにしても、文学部生はネガティブな要素があります。それがマスコミ志望。伝統的に出版・新聞などマスコミ志望が多く、かつ、人材を輩出しています。文学部でも大学によってはマスコミ出身の教員がいて、関連のキャリア講義・実習を展開しています。
ただ、マスコミはどこも採用者数が多くありません。そのうえ、入社試験は、イエメンの首都、イチローの安打記録、アメリカの政治家、元素名を同時に問うなど、幅が広すぎます。面接などでもハードルが高く、文学部かどうかに関係なく、苦戦する学生が大半です。そのマスコミを志望する学生が他学部よりも多いため、就職に弱い、とのイメージがつきやすいのです。
理由5 数学嫌いが他学部より多い
同じ文系学部でも他学部以上に数学嫌いの学生が多い点も見逃せません。数学を必要とする経済系学部、社会系学部と異なり、文学部は入試でも入学後でも数学をそれほど必要としません。その分だけ、数学嫌いが集まりやすくなっています。
では、数学嫌いの学生は大学入学後に数学と縁を切ることができるか、と言えばそれは無理です。就活では適性試験という筆記試験があり、その中で数学はばっちり出題されます。採用選考の適性検査でもっとも利用されているのがSPI3で、このSPI3のうち能力検査の非言語分野(数学)で得点できないと選考で落ちる可能性が高くなります。このあたり、第3回の連載記事にてまとめさせていただきました。
現在の就活では大手企業を中心として、適性検査を学生に課します。これで足切りをして人数を絞るのです。この適性検査の非言語分野、きちんと対策しない学生が多くいます。特に文学部生は数学嫌いもあって未着手の学生が多いのです。これでは就活で結果を残せるわけがありません。この5点の理由により、文学部の就活は弱い、と言われ続けているのが現状です。
文学部の教育が実は実学
では、文学部の教育が無価値か、と言えばそんなことはありません。宮沢賢治、源氏物語の文学研究にしろ、心理学や哲学など教養に結びついた職種はほぼないでしょう。それをもって「文学部=役立たず」ということであれば、ケインズ経済学だろうが、農村社会学だろうが、大半の学部教育もまた、役立たず、となるはずです。
文学部の教養は各業界の職務内容に直接結びつくものは少ないです。一方、間接的に、であれば、文書作成なども含めて幅広くあります。採用担当者に取材をすると、文学部生については、文書作成能力、漢字を含めた教養の広さなど評価する意見が少なくありません。「文学部の教育、実は座学ではなく実学」と評価する意見もあるほどです。結果、民間企業の就職を希望する学生だけに限れば、就職者を輩出しているのです。
文学部生に必要なのは「一歩」
文学部の学生が就活を進めるうえで大事にしてほしいのは勇気です。勇気とは知らない業界を知ろうとする一歩です。あまりにも就職に弱い、と批判され続けていることもあってか、自信喪失気味です。焦るあまり、志望業界をマスコミなど狭くしてしまう、あるいは、すぐ役立つノウハウに飛びつきやすく、空回りする悪循環にはまりやすいのです。
この悪循環を断ち切るには、適性検査対策を含めた就活だけではありません。知らない業界を知ろうとする勇気、ダメ元でも色々な企業・業界を知るためにイベント・セミナー・インターンシップに行ってみよう、という勇気です。
特に今年は、学生有利の売り手市場ということもあり、各社とも採用に熱心です。文学部だから落とす、という企業は多くはないでしょう。連載15回でご紹介した就職支援型のインターンシップ・セミナーなども含めて参加。視野を広げていけば、「文学部だから就活に弱い」という不安感はある日、消えているに違いありません。
1975年札幌市生まれ。東洋大学社会学部卒。2003年から大学ジャーナリストとして活動開始。当初は大学・教育関連の書籍・記事だけだったが、出入りしていた週刊誌編集部から「就活もやれ」と言われて、それが10年以上続くのだから人生わからない。著書に『キレイゴトぬきの就活論』(新潮新書)、『女子学生はなぜ就活で騙されるのか』(朝日新書)など多数。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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