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就活

労働法と「会社の論理」を知っておこう ブラック企業との向き合い方(20)

上西充子 法政大学キャリアデザイン学部教授

2016/9/5

これまで、就職活動のそれぞれの場面で注意すべきポイントを見てきました。連載の最後に、次の2点に言及したいと思います。労働法を知っておくことの大切さと、会社の論理への向き合い方です。

まともに働くための労働法の知識を

応募にあたっては募集要項を確認し保存しておくのが大事、初任給に残業代が潜んでいる場合があり注意が必要、誓約書を書いたあとでも内定は辞退できる、内定取消と内定辞退の勧めは違うなど、この連載で取り上げてきた話題を、皆さんは大学の就職ガイダンスの場で聞いたことはあったでしょうか。あるいは、目を通した書籍やネットの就活アドバイスの中に記載はあったでしょうか。

ほとんど聞いたことがなかった・読んだことがなかった、という方も多いのではないかと思います。「ブラック企業」という言葉が就職活動に臨む学生の間で広く認知され、そのような企業は避けたいという思いを多くの学生が持っているにも関わらず、多くの場合は「ネットの情報に惑わされるな」「自分の足を使って実際に会って話を聞いて、判断を」といったアドバイスだけで済まされてしまっています。

けれどもそれらは、不適切なアドバイスだと私は考えます。ネットには不確かな憶測情報や誹謗中傷を目的とした書き込みもあれば、客観的で信頼できる情報もあります。一方、自分で説明会に出向いたり社員の方に話を聞いたりしても、良い情報だけが選択的に語られるために実態とは異なる好印象をもってしまうこともあります。そのような好印象を与えるための演出は、皆さんが気づきにくい形で、様々に行われています。

情報を読み解く力を持たずに、また労働法を知らずに、直感や感性を頼りに就職活動を進めることは大変あやういことです。主観的に満足できる結果を得ることが目的ではなく、働き続けられる職場に雇用の場を得ることを就職活動の目的と考えるならば、一定の知識は不可欠でしょう。後輩に就職活動のアドバイスをする機会があれば、ぜひこの連載でとりあげてきたような内容も助言してください。就活にかかわる労働法については、下記にもコンパクトな解説があります。

●東京都産業労働局「就活必携労働法―知っておきたい労働法と相談窓口―」

また皆さんはこのあと、いよいよ本格的な職業生活に入ります。この連載では就活中に知っておきたい労働法を取り上げましたが、働く上で知っておきたい労働法は、より多くの領域にわたります。入社までの時間を使って、ぜひ下記のような冊子にひと通り目を通しておいてください。

●厚生労働省「知って役立つ労働法~働くときに役立つ基礎知識~」

●東京都産業労働局「ポケット労働法」

さらに皆さんの中には、就職後まもない時期からアルバイト・パート社員の管理をする役割を担う人もいるでしょう。気づかないまま違法をみずから行ってしまわないとも限りません。アルバイト・パート社員を管理する側に向けても、厚生労働省は様々なリーフレットを作成しています。例えば下記のチェックシートは、自分のアルバイト経験と照らし合わせながら確認しておいてほしいものです。

●厚生労働省「学生アルバイトの労働条件に関する自主点検表」

「ブラック企業」と日本型雇用システムの共通性

さて入社してみると、「まあ、まともなほうだろう」と思われる会社であっても「労働法と現実が違う」と感じることが少なからず起こりえます。例えば、入社の際にも労働条件通知書らしきものがもらえないとか、いつでも閲覧できるようになっていなければいけないはずの就業規則がどうやったら確認できるのか説明されないとか、当たり前のように残業があるとか、「残業を付けるのは1日2時間までね」と言われるとか。それでもさしたる問題なく働けるため、特に問題意識を持たなくなるかもしれません。

一方で入社前に聞いていた労働条件と実際があまりに違い、残業代が適正に支払われないまま長時間労働を強いられ、疲弊に追い込まれていく職場もあります。そういう職場で働くことになったら、記録を取りつつ早めに専門家に相談してほしいですが、わりといい加減だけれどもそれほど問題はないという職場で働くことになった場合にも、問題意識は持ち続けてほしいと願っています。

ここで注目してほしいのは、「ブラック企業」と日本型雇用システムの共通性です。「ブラック企業」を社会問題として提起した今野晴貴氏は著書『ブラック企業』の中で下記の図式を示し、日本型雇用システムのもとに働く従来の正社員と「ブラック企業」の正社員が、「広範な指揮命令権」のもとにあるという点では共通性を持っていることを指摘していました。

従来の正社員は雇用の安定や年功賃金と引きかえに広範な指揮命令に従うことを受け入れてきたのに対し、高処遇と雇用保障なしに広範な指揮命令に従うことを求めてくるのが「ブラック企業」であり、「ブラック企業」の「異常な命令」は「ブラック企業」独自のものではなく日本型雇用から引き継がれて「悪用」されたものだというのが上の図式で今野氏が示した理解です。

広範な指揮命令権が当たり前のものとされている点で、従来の日本型雇用システムと「ブラック企業」の労務管理には共通点があります。広範な指揮命令権が当たり前であると、職務を明示したり、働き方を詳細に規定したり、労働時間管理を厳格に行ったりしようという方向には動きにくいでしょう。

メンバーシップ契約という本質

ではなぜ日本型雇用システムのもとで企業は広範な指揮命令権をもっているのでしょうか。今野氏が同書で言及しているのは、日本型雇用システムの本質がメンバーシップ契約にあるという濱口桂一郎氏の指摘です。

濱口氏は岩波新書『新しい労働社会』(2009年)の中で、日本型雇用システムにおける雇用とはメンバーシップ契約であると指摘しています。雇用契約において職務(ジョブ)の内容が明示されず、雇用された労働者がどの職務に従事するかはそのつどの使用者の命令によって決まる、それが日本型雇用システムの本質であり、日本型雇用システムの特徴としてよく挙げられる長期雇用制度や年功賃金制度、企業別組合は、職務なき雇用契約という本質から論理的帰結として導き出されたものだというのです。そして残業や配置転換、転勤を受け入れることがデフォルトルールとされ、それらを労働者が受け入れることと引きかえに景気変動の中でも雇用が保障されてきたというわけです。

ただしメンバーシップ契約を本質とする日本型雇用システムが適用されてきたのは正社員のみに対してであり、非正規労働者はメンバーシップから排除され、この日本型雇用システムを維持するためのバッファーと位置付けられてきたと濱口氏は指摘しています。また短期勤続が前提であった女性正社員(かつてのOL)も「準メンバー」であったと捉えられており、男女雇用機会均等法が強化されていく中で男性正社員並みに働ける一部の女性正社員は積極的に活用する一方で、そうでない女性労働者は非正規労働者に位置付けていく傾向があったと整理しています。

このように主に男性正社員に対してだけ、そして高処遇と雇用保障を伴った形で大企業を中心に行われてきたメンバーシップ契約ですが、その中で浸透してきた「広範な指揮命令を受け入れよ」という規範的な圧力は、高処遇と雇用保障を伴わないまま幅広い労働者に対して向けられてきています。濱口氏が言う「見返りのない滅私奉公」です。メンバーシップの一員として手厚く処遇することを欠いたまま、会社の論理を押し付けてくるのです。

「ブラック企業」の社員は「見返りのない滅私奉公」を強いられるのですが、自分たちがひどい扱いを受けていると訴えても、世間にはなかなか理解されてきませんでした。「そんなの当たり前」というわけです。長時間の残業も「サービス残業」もきついノルマも急な配置転換も、正社員なら受け入れるべきものという規範が従来の多くの正社員には内面化されているからです。先ほどの図式で「広範な指揮命令権」の側に従来の正社員も「ブラック企業」の社員も位置づいていることが、「ブラック企業」問題の社会的な認知と対処を困難にしている現状があります。

また学生としての生活が尊重されない「ブラックバイト」の問題も会社の論理の押しつけが影響しています。指導できる教科を事前に伝えてあるのに別の教科の担当を断れない形で押し付けられたり、別の店舗のヘルプに急に回されたり、お店の閉店後に長時間の全員ミーティングがあったり、シフトに追加で入ってくれという要請を断ろうとすると無責任だと責められたり。先の今野氏の図式で「指揮命令の限定」の側に位置づいていたはずのアルバイトにも「広範な指揮命令権」の方向への矢印が記されていますが、従来のアルバイトが低賃金のまま「ブラックバイト」化していく傾向がここに示されています。

会社の論理にどう向き合うか

会社は内定式と入社式という儀式を通じて、新入社員を一斉にメンバーとして迎え入れます。皆さんは新卒として、「組織の色に染めやすい」人材であることが期待されています。新入社員研修を通じて、会社の論理を内面化していくよう求められる場面もあるでしょう。

組織の一員として働く以上、それを受け入れていくことは、一定程度は必要です。そして抵抗せずに受け入れた方が、ある程度まともな会社においては楽でもあります。けれども何が受け入れるべきもので、何が変えていくべきものであるかは、問題意識をもって考え続けてほしいと思います。

例えば採用の場面で。手のうちを明かさない、詳細な労働条件を説明しない、職場の実態を伝えない、結果をフィードバックしない。その方が採用担当者としては楽です。けれどもそのような採用選考を、皆さんは学生の立場から理不尽と感じていたはずです。正社員になれば、選考される当事者としていだいていた思いは忘れてしまいがちですが、しかし正社員になれば、皆さんは組織の内側から採用選考のあり方を変えることができる立場になるのです。

また、例えば職場で長時間の残業が常態化していたら。若いうちは気力と体力でなんとか乗り切れるかもしれません。けれども体を壊して退職していく同期を見送ることになってしまうかもしれません。さらに長時間の残業が常態化していたら、結婚・出産後も働き続けることに女性は見通しを持つことが難しいでしょう。それは女性だけの問題ではなく、共働きでそれぞれのキャリアを築きながら助け合って生活していきたいというパートナーの願いにいずれ直面する男性にとっての問題でもあります。

先ほど紹介した濱口氏は、メンバーシップ型の正社員モデルを当然のデフォルトとするのではなく、基幹的、専門的な仕事でありながら職務も労働時間も勤務場所も基本的に限定されており、なおかつ有期雇用ではない労働者、つまりジョブ型の正社員をデフォルトのモデルに位置づけなおすことが今後のあるべき「働き方の多様化」を考えていく上で重要ではないかと指摘しています(*)。

(*)濱口桂一郎(NHK視点・論点「働き方改革の基本路線」2015年3月16日)

もちろん働き方のデフォルトルールを変えていくことは容易なことではありません。企業の人事労務管理のあり方だけでなく、労働法制や社会保障のあり方、学校教育のあり方なども同時並行的に変えていかないと無理が出てきます。

けれども組織がその内部の力で変えていける部分、内部からしか変えていけない部分も大きいものです。労働法制が変わらなくても、業務の見直し・働き方の見直しを通じて長時間労働を大幅に改善する企業も現れてきています。

本連載は「ブラック企業との向き合い方」をテーマとしてきましたが、より広い視野で見ればここで取り上げてきた問題は、会社の論理や、「会社人間」であれという圧力に、一人一人がどう向き合うかという問題でもあるのです。

法律監修:嶋崎量(弁護士・神奈川総合法律事務所)

上西充子(うえにし・みつこ) 法政大学キャリアデザイン学部教授。法政大学大学院キャリアデザイン学研究科教授。1965年奈良県生まれ。労働政策研究・研修機構で7年あまり調査研究に従事したのち、2003年より法政大学へ。若者の学校から職業への移行過程と初期キャリアに関心。近著に、石田眞・浅倉むつ子との共著『大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A』(旬報社、2017年3月)。

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