応募企業を再検討しよう~長時間労働は危険
ブラック企業との向き合い方(10)
6月1日の採用選考開始日を過ぎ、選考が本格化してきました。内定を得た企業に就職を決めてよいか検討中の人もいるでしょうし、選考が思うように進まず新たな業界や新たな企業への応募が必要だと考えている人もいるでしょう。
いずれの場合にもこの段階で改めて考えてみたいのは、応募企業・内定企業が「まともな企業」であるか否か、です。今回より数回に分けて、その企業の「まともさ」を考える手がかりを提供します。
就活を通して応募企業が魅力的に見えてくる
皆さんはこれまでの就活の中で、なぜその企業を志望しているのか、どういう働き方をしたいのか、エントリーシートや面接で語るよう求められてきたことと思います。企業説明会で魅力的な若手社員に出会ったり、面接で期待をかけられたりしたこともあったかもしれません。
応募企業への意欲を持ち続けなければ、就活を継続することは困難です。そのため皆さんは、応募企業の魅力に積極的に目を向けることになり、そこで働くことに肯定的なイメージを無意識のうちに持つようになります。選考が進めば認められているという自信も湧き、その企業を志望する気持ちも高まるでしょう。
実はそれは、「採用戦略」の中でねらいを持って行われていることです。就活は企業側からすれば「採用活動」であるため、企業は応募者を選別するとともに、選抜した学生に対しては「この会社で働きたい!」という期待が高まった状態で内定を出し、他社に逃げられないよう採用を確実にしたいのです。
そのため皆さんは、一度は冷静になって「本当にこの企業でいいのだろうか。この企業はまともな企業だろうか」と再検討する機会を持ってほしいのです。
「やりたい仕事」でも、長時間労働は健康を害する
今回取り上げるのは、長時間労働の問題です。皆さんは「やりたい仕事」なら長時間労働でも頑張れる、頑張りたい、という気持ちになっているかもしれません。また今の日本の大企業の多くは、長時間労働をいとわずに会社のために働いた人たちが支えて成長させてきたものです。そのため、自分も長時間労働は覚悟しなければ、という気持ちになっている人もいるでしょう。
けれども長時間労働は健康を害します。長時間労働が続くと、うつ病などの精神疾患を発症する危険が高まります。悪化すると希死念慮(死にたいという思い)が湧き起こり、死を選んでしまう可能性もあります。脳・心臓疾患による突然の過労死も起こりえます。
厚生労働省告示による残業時間の上限が月45時間・年間360時間であることは第2回の記事で紹介しました。脳・心臓疾患による労災認定においては、この月45時間を超えて時間外労働の時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できるとしています(厚生労働省「脳・心臓疾患の労災認定 -「過労死」と労災保険-」)。
そして発症前1カ月間におおむね100時間を超える時間外労働が認められる場合、または発症前2カ月間から発症前6カ月間までのいずれかの期間において1カ月あたりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できるとしています。
この1カ月あたり「80時間」「100時間」という時間外労働は「過労死ライン」と呼ばれています。そのような長時間労働が恒常化している企業は、避けるべきです。
働きすぎると人は死ぬ
働きすぎると人は死ぬということ、そして働きすぎると正常な判断力が働かなくなり自分にストップをかけられなくなる危険があることを、皆さんにはぜひ、事前に知っておいていただきたいのです。
ワタミフードサービスに新卒入社後、わずか2カ月でみずから命を絶った女性は、入社前に「大丈夫、もしおかしな会社だったら、すぐ辞めて帰ってくるから」と母親に語っていたそうです(東京地裁ワタミ過労死裁判の第1回口頭弁論における遺族の意見陳述書より)。
けれども深夜の終業後に始発電車が走りだすまで家に帰れず、休日も研修参加やレポート提出が求められる日々が続く中で、ぎりぎりの働き方を求める会社のあり方に疑問を抱きながら死に至りました。前日には追加の目覚まし時計を購入していたそうです。遺族に対し労災補償の保険審査官は、過労自殺は本人が死ぬという自覚がないままに死んでしまうものだと語ったそうです(中澤誠・皆川剛『検証 ワタミ過労自殺』岩波書店)。
頑張らねばという思いの中で若手社員が追い詰められていく様子は、プラントメンテナンスの新興プランテックの現場監督業務に従事する中で入社2年目に命を絶った男性の事例からも見られます。長時間労働が続き、睡眠時間が削られ、疲労がたまっていくことを自覚しながらも、自分の悩みは「先輩の忙しさや苦しさにくらべたらちっぽけなもの」という思いから相談もできず、やがて死を思い浮かべていく様子が、ブログに記されています(川人博『過労自殺 第二版』岩波書店)。
いまの大企業の幹部社員の人たちには「自分たちは長時間労働で会社を支えてきた」という自負が強いようで、長時間労働を気にする若者は職業意識が低いという見方をする場合もあります。しかしながらそれは、「あきらめずに夢をかなえよう」とオリンピック選手が語るようなものでないかと思います。
長時間労働を乗り越えてきたと語る彼らの背後には、長時間労働で体を壊した者や、死に至った者がいます。過労死や過労自殺の労災認定基準は、配偶者や子どもを過労で亡くした遺族が粘り強く労災認定を求め、裁判を起こし、家族の会を結成して過労死への対策を行政に求めてきたことにより初めて設けられたものです。
過労自殺は90年代にようやく労災として認められるようになったそうで、遺族が労災を申請していないケースも依然として少なくないと言われています(*)。労働時間などの証拠がなく労災申請しても認められなかったケースも存在します。過労死も過労自殺も、まだまだ表面化せず埋もれている事例が多いのです。
(*)日経ビジネスオンライン2014年6月17日「「過労死」が減らないのはなぜか 森岡孝二・関西大学名誉教授に聞く」
離職理由の第一は労働時間
そうは言っても気にしすぎても......と思うかもしれません。では調査結果を紹介しましょう。厚生労働省「平成25年若年者雇用実態調査の概況」によれば、大卒で転職経験がある若手社員が初めて勤務した会社を辞めた理由(3つまで複数回答)のトップは「労働時間・休日・休暇の条件がよくなかった」(25.3%)です。「仕事が自分に合わない」(19.7%)、「賃金の条件がよくなかった」(16.4%)、「人間関係がよくなかった」(15.5%)がそれに続きます。
選択肢の表現は「労働時間・休日・休暇の条件」なので、長時間労働だけでなく、深夜労働や土日の勤務、シフト勤務、休みが取れないといった問題も入っているかもしれませんが、いずれにしても労働時間の問題は、働き続けられるかどうかを左右するほどの大きな問題なのです。
にもかかわらず、労働条件に着目すべきという視点が就活中の学生に伝えられてこなかったため、就職先を選ぶ際に重視する点を尋ねた調査では、労働時間や賃金などの労働条件が重視されているという結果はなかなか出てきません。ただしよく見ると、そもそもそのような選択肢が質問に設けられていない場合も多いのです。特に就職支援関係の企業が行う調査でその傾向が見られます。そもそも就活において重視すべき項目であることが隠されてきた、見過ごされてきたとも言えます。
長時間労働の背景には労務管理の問題
このように長時間労働は重要な問題であるため、応募企業の残業の実態はできるだけ探っておきたいものです。企業が用意したリクルーターなどではなく、率直に話が聞ける先輩などを見つけることができたなら、「仕事は大変ですか」と聞くのではなく、毎日の退社時間を聞くなど、できるだけ客観的な情報をもらいましょう。
応募企業に勤めている人を見つけることができなくても、同じ業界の人であれば業界事情や他社の事情を比較的よく知っています。先輩ルートだけでなく、親からその業界の知人を紹介してもらうなどの方法も有効です。
それでも実態をつかむことが困難な場合は、その企業の労務管理がまともであるか否かを全体として把握することから推測が可能です。災害対応のような緊急の場合は別ですが、恒常的な長時間労働が蔓延している場合には、その企業でまともな採用や育成、労働時間管理、仕事の配分が行われていない可能性が高いです。1人の上司の個人的な資質の問題ではありません。
労務管理がまともでない企業のイメージは、きたみりゅうじ『新卒はツラいよ!』(幻冬舎)を読むとつかみやすいです。就活中から入社4年目までを時系列で描いた自伝的なコミックエッセイです。まともな育成を行わないままにどんどん仕事を受注し、人件費を削って利益を出そうとする、そういうIT企業に入社した主人公は過労死寸前まで追い詰められながら仕事をこなしていくのですが、頑張れば頑張るほど自分に仕事が降ってくる、そういう組織的・構造的な問題がみえてくる中で離職を選択するに至ります。
労務管理がまともであるか否かも、その実態を入社前に正確に把握することは困難です。ですが、これまで見てきたように固定残業代や年俸制、裁量労働制などを「悪用」して適正な残業代の支払いを免れようとする企業は、労務管理がまともでないと見てよいでしょう。
また労務管理がまともでない企業、長時間労働が蔓延している企業からは、先の調査にみたように新卒社員が離職していきます。そのため、3年後離職率が労務管理のまともさの代理指標になります。きたみさんのコミックエッセイで描かれているように、3年もいればその企業の労務管理がまともかどうか、組織としてまっとうに機能しているかどうかは、おおよそ見えてくるのです。
次回は、その3年後離職率を取り上げます。
法律監修:嶋崎量(弁護士・神奈川総合法律事務所)
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