「オワハラ」にどう対処すればいいのか?
ブラック企業との向き合い方(8)
6月1日の選考活動開始(実質的には面接と内定出しの開始)が近づいてきました。今回は「オワハラ」への対処を考えます。
「オワハラ」とは?
「オワハラ」とは採用選考を行っている企業から学生に対して行われる、自由な就職活動を阻害する行為を指します。例えば、以下のような行為が一般的に「オワハラ」ととらえられているものです(必ずしも違法なハラスメント行為とは限らないものも含みます)。
・内定を出すから他の企業の選考はこの場で電話して辞退して、と迫る
・面接が集中する選考活動開始日(今年は6月1日)に他社の選考に出向けないよう、長時間のプログラムや泊まり込み研修などで拘束する
筆者が把握している限りでは「オワハラ」という言葉は、NPO法人DSSが2015年3月9日にYouTubeに公開した「「就活終われハラスメント」とは?」という映像を通して広められたものと思われます(なお、この映像では「おわハラ」という表記が用いられています)。
この映像では自由民主党の小林史明衆議院議員が「就活終われハラスメント」について、学生の自由な就職活動を阻害するものとして批判し、具体例を示しながら学生に注意を促しています。
「オワハラ」は採用企業の身勝手な行為
この映像で示されているように、「オワハラ」とは早期に内定出しを行い、学生を囲い込もうとする企業の身勝手な行為です。
現4年生(2017年卒)の採用については、経団連の「採用選考に関する指針」で広報活動が3月1日以降、選考活動が6月1日以降と定められています。エントリーシートやWEBテストによる選考は6月1日以前にも認められているため、6月1日とは実質的には面接開始日であり、それ以降は内定出しも始まっていきます(正式な内定日は10月1日以降とされているため、それと区別して「内々定」と呼ばれることもあります)。
ただしこの「採用選考に関する指針」には法的強制力はなく、それを守らない採用活動を行っても罰則があるわけではありません。そのため、他社に先駆けて面接を行って内定を出す企業も存在します。特に昨年は、一昨年までの選考活動開始日が4月1日であったこともあり、従来通り4月に面接を行って内定を出す企業が多くみられました。
しかし経団連に加盟している大手企業は、指針に定める選考活動開始日(昨年の場合は8月1日)より前に表立って内定を出すことができません。そのため、より志望度が高い企業の選考中である学生には、他の企業の内定をキープしたまま大手企業の選考に臨みたいという気持ちがあります。
一方で早期に内定を出した企業にとっては早く内定者数を確定させ、それ以上の時間とコストをかけずに採用活動を終了させたいという意向が働きます。そのため「オワハラ」を仕掛けてくる企業が出てくるわけです。
他社の選考結果が出ないうちにその企業への就職の意思決定を迫る「オワハラ」は、学生にとって迷惑な行為であると同時に、「採用選考の指針」に従って選考活動開始日以降に面接と内定出しを行う企業にとっても迷惑な行為です。
本記事の冒頭で、昨年の3月に自由民主党の議員によって「オワハラ」の注意喚起が行われたことを指摘しましたが、おそらくその背後には、早めに学生を囲い込もうとする他社の採用行動を牽制したい経団連加盟企業の意向があったものと考えられます。
ほとんどの企業はある程度の辞退者を見込んでいる
「今この場で最終的な意思決定を」と迫ってくる企業に対して躊躇する姿勢を見せると、「第一志望だって言ったよね?」と批判されるかもしれません。けれど、「ここでぜひ働きたい」という熱意を示さなければ選考に通過できない現実があり、それぞれの企業の採用選考を通過できるかどうかはかなり不確定である以上、学生側が複数の企業に同時並行的に就職活動を行うのは避けがたいことです。
また、ほとんどの企業はある程度の辞退者が出ることをあらかじめ見込んでいます。「君を採用するのにいくらかかっていると思っているんだ!」と言われることもあるかもしれませんが、採用経費は採用予定人数を確保するために全体として支出される経費であり、その経費を見積もる際には辞退者が出ることも見込まれているはずです。
リクルートキャリアが2016年2月16日に発表した「就職白書2016-採用活動・就職活動編-」(企業調査の回答は1260社、回収率31.1%)によれば、内定出し者数を100とした場合の内定辞退者数は2016年卒では45.6です。つまり内定を出した者のうち、半数弱が辞退したということです。
同じ調査で2015年卒の場合、内定辞退者数は38.0ですので、2016年卒は内定辞退者数が増えています。昨年の選考開始時期である8月を待たずに早めに内定を出した企業が多かったことが、内定辞退者数の増加につながったものと考えられます。言い換えれば、早めに内定を出す企業は、多くの内定辞退者数が出るというリスクも当然見込んでいるはずであり、毎年の動向や他社の動向を見ながら多めに内定を出しているはずです。
学生には職業選択の自由がある
他社に先んじて優秀な学生を確保したい、内定を出した学生は確実に引き留めたい、辞退者が出るなら早めにその動向を把握したい――企業側にはそういう事情があります。
一方で学生側には、確実に内定を取りたい、そのためには複数の企業に同時並行的に応募せざるを得ない、より志望度が高い企業の選考結果が出るまでは内定が出た企業はキープしておきたい――そういう事情があります。
お互いの利害が一致しないからこそ「オワハラ」といった事態も起こるのですが、学生には職業選択の自由があります。経団連の「採用選考の指針」においても、下記に示すように、10月1日の正式内定日前に誓約書を書かせるなどの行為によって学生の自由な就職活動を妨げることがないように注意喚起しています。
誓約書を書いたとしても内定は辞退できる
とはいえ実際には入社の誓約書を要求してくる企業もあるでしょう。あまりにも強引で身勝手であると感じられるなら、「そんな企業に入社しても入社後のキャリアが思いやられる」と自分から辞退するのもありだと思います。
とはいえ他に内定が出ている企業もなく、今後の他社の採用選考にも不安があるなら、その企業の内定も得ておきたいと考えるのも無理はありません。
その場合に知っておきたいのは、たとえ入社の誓約書を書いたとしても、内定の辞退はできるということです。「誓約書を書いたからにはこの企業に入社するしかない」と考える必要はありません。
入社の意思を示した後でも、入社の誓約書を書いた後でも内定辞退はできるのですが、おそらくほとんどの大学キャリアセンターでは周知はしていないものと思われます。企業の採用活動に迷惑をかける行為ではあるため、自校の学生の採用機会をできるだけ確保したいと考える大学側としては、おおっぴらに公言することには遠慮があるものと思われます。
しかし学生としては、たとえ誓約書を書いたとしても内定辞退はできることは、知っておくべきです。
なぜ内定辞退ができるのか。それは入社後に退職の自由があるのと同じです。
企業は入社した社員の解雇を自由に行うことはできず、「客観的に合理的な理由」を欠き「社会通念上相当である」と認められない場合は、解雇は認められていません(労働契約法第16条)。しかし労働者は、期間の定めがない雇用であれば、どのような理由であっても退職の自由が認められています。民法上は、退職の意思を示してから2週間後には労働契約を解除して退職することができます。
入社後の社員にも退職の自由があるのですから、内定者にも内定を辞退する自由はあるのです。
内定辞退を申し出た場合に「損害賠償請求するぞ」と脅されることがあるかもしれませんが、よっぽどの場合を除き、そのような損害賠償請求は認められません(*)。もしそのようなことを言われた場合には、大学キャリアセンターや外部の専門家に早めに相談しましょう。
(*)あらかじめ損害賠償額を定めて約束した誓約書を作成している場合(「内定を辞退した場合には、200万円を支払う」等)でも、そのような書面に効力はありません(労働基準法第16条)。
慎重な見極めのうえで入社の意思決定を。ただし複数内定をいつまでも保持し続けるのは、他の学生にも迷惑
前回までに見てきたように、募集要項に書かれた労働条件だけでは実際の労働条件がわからない場合があります。早めに内定を出して強く意思決定を迫り、他社の採用選考に参加させないための妨害行為をしかけてくるような企業の中には、他社の選考を辞退したあとで本当の労働条件を明らかにする悪質な企業があるかもしれません。
そのため「早く就活を終えて解放されたい」という気持ちがあっても、入社の意思決定は慎重な見極めを行った上で行うことが望ましいでしょう。
ただし、学生の中には4社も5社も内定をキープし続ける者もいるようです。そういう人は、志望度の低い企業については早めに内定辞退の連絡をしてください。早めに内定辞退の連絡があった方が、企業は別の応募者の採用活動に動くことができます。そしてそのことは、まだ内定が得られずに苦しんでいる他の学生に機会を開くことにもつながるのです。
また「内定辞退したら怒られるんじゃないか」と、内定辞退の連絡をしないことはNGです。辞退の連絡をすることは確かに気が重いことですが、社会人としてきちんとした対応は心がけてください。内定辞退の方法について、迷ったら大学キャリアセンターに相談してみるとよいでしょう。
法律監修:嶋崎量(弁護士・神奈川総合法律事務所)
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