京都・大津を再発見 集落の機能生かした分散型ホテル
江戸時代には宿場町として栄えた岡山県矢掛町にある古民家再生の宿「矢掛屋」が、イタリアを発祥とする分散型ホテル(アルベルゴ・デフィーゾ)の認定を日本初に受けたというニュースが2018年6月に流れ、話題になった。ここでいう分散型ホテルとは、過疎化が進む地域の空き家などを利用して、集落の中にホテルの機能を分散化するもの。全体でホテルとして運営をし、観光客を呼び込んで地域の活性化を図ることを目的にしている。
過疎化対策だけではなく、分散型であれば大きな建物をつくる敷地は確保できなくてもホテルをつくれるという利点からの取り組みもある。レセプション、客室やラウンジ以外に、従来は一つの建物にあったレストランやバー、フィットネスジムなどをいくつかの建物に分散するので、宿泊客は自然にエリアの中を回遊する。地域の観光や消費に寄与する点は同じだ。
京都の中心地に誕生した「5棟で一つ」の分散型ホテル
京都の中心地もそんなエリア。四条通と五条通の間に2018年10月15日にオープンしたのが、「5棟で一つ」というホテル「ENSO ANGO(エンソウ アンゴ)」だ。
全体をディレクションしたのは、インテリアデザイナー内田繁氏を継承する内田デザイン研究所で、棟ごとに異なるアーティストと共同作業を行った。
通りの名前を取った5棟のネーミングとそれぞれのアーティストは「TOMI1(富小路通1)/日比野克彦(アーティスト・東京芸術大学教授)」「TOMI2(富小路通2)/アトリエ・オイ atelier oi(デザイナー)」「FUYA1(麩屋町通1)/安藤雅信(陶作家・ギャルリ百草主宰)」「FUYA2(麩屋町通2)/内田デザイン研究所(建築・インテリア・家具デザイン事務所)」「YAMATO1(大和大路通1)/寺田尚樹(建築家・デザイナー)」と多彩だ。
街並と共存するシンプルな外観の中に個性のある環境をつくっていて、棟を訪れるだけでも作品を見て回るような楽しさがある。例えば、ミラノ・サローネでも活躍するスイスのデザイングループ、アトリエ・オイが担当した「TOMI2」は、空間テーマを「陰影」に絞って、和傘の技を応用した陰影の美しい照明など、彼らが日本でデザインした家具や京都の技を生かした照明などがそこここに使われている。この棟にあるのは、ラウンジ、レストランとバー。
「FUYA2」にはラウンジ、茶室、Tatami Salon、ジムがあって、内田デザイン研究所によるモダンな中に日本の精神文化を感じる空間がつくり上げられている。すべての棟は、客室のタイプも異なり、キッチンが付いたツインルームのある棟もあれば、コンパクトなミニマルコンセプトでバンクルーム(2段ベッドの部屋)がある棟も。
宿泊客は、すべての棟の施設を使うことが可能。それらを巡ることで、京都の街の四季折々の美しさや歴史に触れたり、伝統や暮らしを垣間みることになる。また、「ENSO ANGO」が宿泊客のために開催する文化交流プログラムは、お寺や神社を中心として長い歴史の中から生み出されてきた独特の文化に触れることのできるもの。
例えば、京都最古の禅寺大本山である建仁寺両足院の座禅を日本で初めてホテル内の畳の間で体験できる「ZEN-Meditation」。Tatami Salon というユニークなスペースを使い、街自体の魅力を知る機会を提供するのが、分散型ホテルの一つの役目でもあるという。
宿場町・大津に築100年以上の町家を利用した分散型ホテル
京都の隣、琵琶湖のほとり、大津は東海道五十三次最大の宿場だったが、今は古い町家が並び空き家も目立つ。しかし、築100年以上という町家の趣を利用し「宿泊をし、食べて飲んで買ってと消費することで、街が活性化し蘇(よみがえ)る」というコンセプトを掲げ、街の活性化を自走させる独自の仕組みとして「ステイファンディング」という日本初の試みを導入して2018年8月にオープンしたのが「商店街HOTEL 講 大津百町」だ。
全7棟のうち5棟は一棟まるごと貸し切り、ほかの2棟はいくつかの客室からなり、チェックイン棟にフリードリンクなども置かれた共用のラウンジと朝食用のダイニングがある(朝食は事前予約制。共用ラウンジはもう一つの客室割りタイプの棟にも)。歴史を感じる町家の外観だが、中は特徴的な高い天井や梁(はり)などは生かしながら、木造注文住宅を手がける谷口工務店を中心に建築家竹原義二が設計してリノベーション。快適に過ごせるための断熱や防音などは徹底したという。
インテリアとしてデザイン性・機能性の高いデンマーク家具が配され、一戸建ての落ち着きと和モダンのおしゃれさが魅力だ。例えば、一棟貸切タイプ「糀屋」は、かつて花街として栄えたエリアに立つ。部屋には、ナナ・ディッチェル「ND-01」の印象的な赤いソファが映える。
機能が分かれる分散型の変化形だが、夕食がついていないので、宿泊客は近所の飲食店を利用したり、商店街で購入したものを食べたりするというところがミソ。そのための簡単なキッチン設備は一棟貸しタイプ各棟にある。こうした宿泊客の消費で地元をサポートしようというわけだ。また、「ステイファンディング」として宿泊料金に一人につき150円を内包し、集めた総額を商店街に寄付して活性化に役立てるという。
地元に精通したコンシェルジュがおすすめを案内
近くの商店街には、朝食(事前予約が必要)のうな茶漬けのうなぎを提供する川魚専門店がかば焼きのいい匂いを漂わせていたり、創業1850年という歴史ある漬物屋がウリやカブを酒かすで漬け込んだ「ながら漬け」を売っていたり、地方のおいしいものが息づいている。「商店街HOTEL 講 大津百町」には、地元に精通したコンシェルジュがおすすめを案内してくれる。
周辺に点在する天台寺門宗総本山の三井寺はじめ、ちょっと足を延ばして訪れる延暦寺や石山寺などの歴史的名所。そして、何よりローカルの魅力が詰まったような商店街をそぞろ歩いて、居酒屋で琵琶湖のマスや近江牛などの地元グルメと地酒で舌鼓を打つのは、本当に楽しい。
京都の中心と滋賀の宿場町にできた分散型ホテルは、地元の文化や歴史と上手に共存しながら、そこに新たな魅力を与える存在になっている。
世界有数のトラベルガイドブック「ロンリープラネット日本語版」の編集を経て、フリーランスに。東京と米国・ポートランドのデュアルライフを送りながら、旅の楽しみ方を中心に食・文化・アートなどについて執筆、編集、プロデュース多数。日本旅行作家協会会員。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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