「大恋愛」「けもなれ」… 2018恋愛ドラマ復権の源流恋愛ドラマをひもとく(上)

究極のカセは戦争

「愛と死をみつめて」「ある愛の詩」「赤い疑惑」に共通するカセは、不治の病だ。医学がまだ発展途上だった時代背景もあるが、平和な時代であったことも見過ごせない。それ以前の時代は戦争こそが、ラブストーリーにおける最大のカセだったからだ。

1977年に放送された日本初の3時間ドラ「海は甦える」は、まさにそれを描いた作品だった。日本海軍の近代化に尽力した山本権兵衛の半生を軸に、明治の開国から日露戦争に至るまでの日本の近代史を描いた物語だ。中盤以降はもう一人の主役、若き海軍士官が登場し、海軍留学生としてロシアへ渡り、社交界に出入りするうちに子爵令嬢と出会い、劇的な恋に落ちる。だが、時勢は次第に日露戦争へと傾き、ついに二人は引き離される。制作費1億円をかけた大作で、大きな反響を残した。戦争という究極のカセで引き離される国境を超えた愛に、お茶の間が涙したのだ。

シェークスピアの生家で「ロミオとジュリエット」の1シーンを演じる観光客(ロイター)

1983年、1本のドラマが評判となった。「スチュワーデス物語」だ。ドジでノロマなスチュワーデス訓練生が、愛する教官の厳しくも愛情のこもった指導の元で、一人前のスチュワーデスへと成長する物語だ。教官の婚約者が度々二人の前に現れては、嫌がらせを繰り返す。教官はピアニストだった婚約者の指を事故で失わせた負い目があり、訓練生との恋愛に踏み出せないというカセが延々と展開される。 婚約者は登場する度に、自らの口で手袋を外して義手を見せつけるなど、その演出は少々やりすぎの感があった。70年代のドラマと違い、80年代のカセは半ばエンターテインメント化したのである。

同様の現象は、昼ドラでも見られた。1988年の「華の嵐」である。映画「風と共に去りぬ」をモデルにした同作は、昭和初期を舞台に、誇り高き華族の娘と、その父への復讐(ふくしゅう)に燃える馬賊あがりの青年との身分を超えた愛の物語。大げさなセリフ回しや過剰な演出は、リアルな時代ドラマというよりは、エンターテイメント色の強いものであり(後に、同枠の「真珠夫人」に受け継がれる路線)、逆にそんな芝居がかった作風が女子中高生やOLに受け、昼の時間帯にもかかわらず高視聴率となった。良くも悪くもカセがエンターテインメント化したのが80年代の恋愛ドラマの特徴だった。それは、80年代末に訪れたトレンディドラマのブームでも同様だった。

ラブストーリーにおけるリアルなカセは描きにくいのだろうか。平和な時代が長く続き、医療の進化で不治の病も激減した現代、禁断の恋愛ドラマは生まれにくい状況なのだろうか。いや、時代はむしろ新しいカセが登場する機運に満ちていた。舞台は整いつつあった。

1991年、1本のドラマが日本のテレビの歴史を変えた。「東京ラブストーリー」である。切なくも等身大のラブストーリーに、OLたちはこぞって共感した。月曜の夜は、彼女たちは残業や飲み会を断り、早々に帰宅してはチャンネルを合わせたのだ。カギはリアリティーにあった。

指南役・草場滋 メディアプランナー エンターテインメント企画集団「指南役」代表。テレビ番組の企画原案、映画の原作協力、雑誌連載の監修などメディアを横断して活動中。「日経エンタテインメント!」誌に連載中の「テレビ証券」は18年目。

[PlusParavi(プラスパラビ) 2018年12月7日、8日付記事を再構成]

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