「大恋愛」「けもなれ」… 2018恋愛ドラマ復権の源流恋愛ドラマをひもとく(上)

恋愛ドラマが再び脚光をあびている(C)TBS
恋愛ドラマが再び脚光をあびている (C)TBS

優れたドラマに贈られる「東京ドラマアウォード」で、男性同士の愛を描いた「おっさんずラブ」(テレビ朝日系)が2018年のグランプリに輝いた。また、2018年10月クールの連続ドラマには、「大恋愛」「中学聖日記」(以上、TBS系)、「獣になれない私たち」(日本テレビ系)、「黄昏流星群」(フジテレビ系)と、4本もの恋愛ドラマがプライムタイム(19:00~23:00)に並んだ。

若年層がネットに分散し、テレビの視聴者の平均年齢が上がる中、90年代に一世を風靡(ふうび)しながらも、なりを潜めていた恋愛ドラマ。なぜ今、再び脚光をあびているのだろうか。業界では、二人の愛を妨げるハードルを「カセ」と呼んでいるが、このカセが大きい禁断の恋愛ドラマの歴史をひもときながら解明しようと思う。

■すべては「ロミオとジュリエット」から始まった

禁断の恋愛ドラマの元をたどれば、16世紀の終わりにウィリアム・シェイクスピアによって書かれた戯曲「ロミオとジュリエット」に行きつく。舞台は、中世イタリアのベローナ。登場する二つの旧家にそれぞれ、一人息子と一人娘がおり、名をロミオとジュリエットといった。二人は恋に落ちるが、いがみ合う両家に阻まれ、結婚を許されないというのが物語の基本プロット。二人は結婚を成就させるために様々な行動に出るが、いずれもかなわない。最後は駆け落ちを試みるが、ほんの行き違いから二人とも死を選んでしまうという悲劇である。

世界で最も有名なラブストーリーであり、これ以降に生まれた恋愛小説や映画は、大体、このプロットを踏襲している。もっとも「ロミオとジュリエット」自体、元ネタはギリシャ神話の「ピュラモスとティスベ」といわれており、そうなると紀元前から存在する鉄板のプロットになる。つまり、ラブストーリーにおけるカセは、人類のDNAに備わっているといっても過言ではない。

日本の恋愛ドラマの扉を開けた『愛と死をみつめて』

恋愛ドラマはいかにして主人公の男女の間にカセを作るかがカギとなる。いがみ合う両家の存在ばかりではない。貧富の差や不治の病といった個人的なものから、戦争、災害、差別といった社会的事象も対象になる。恋愛ドラマにおけるカセは時代を映すバロメーターといえる。

日本の恋愛ドラマの扉を開けたのは1964年にTBSの東芝日曜劇場で放送された橋田寿賀子氏脚本の「愛と死をみつめて」だ。実話をもとにした純愛・難病ドラマで、大反響を呼んだ。このときのドラマ化の経緯が面白い。同枠を担当する石井ふく子プロデューサーが同名原作本の脚本を橋田さんに依頼したところ、出来上がってきた本が明らかにぶ厚い。この枠は一話完結が慣例だったのだ。

「これ、1時間に収まる?」

「2時間はかかりますね」

「短くできない?」

「無理です。どうしても切れと言うなら、降ります」

「ちょっと待って」

石井さんはその場で脚本を読んで、一言。

「これは切れないわね。分かった、私がなんとかする」

そして、その足で東芝の宣伝部へ出向き、前後編を打診する。

担当者が難色を示すと、「あらそう。だったらこの本、ナショナル劇場に持っていくわ」

「そ、それは困ります!」

後日、この話を聞かされた橋田さんは、一生、石井さんについて行くと心の中で誓ったそうだ。これこそプロデューサーの仕事である。

「愛と死をみつめて」から6年後、米国で公開された1本の恋愛映画が、その年最大のヒットとなった。アーサー・ヒラー監督の『ある愛の詩』である。

家柄の違いを乗り越え、愛し合う二人が結婚するも、若き妻が白血病に侵され、余命いくばくもない体になる話。この時代、日米で共に不治の病をテーマにしたラブストーリーが共感を集めたのは、興味深い。

その流れは、山口百恵氏と三浦友和氏が初めて共演した、1975年放送の「赤い疑惑」にも波及した。不治の病と異母兄妹という壮絶なラブストーリーで、韓流ドラマの「冬のソナタ」は同ドラマをオマージュしたといわれる。

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