遺伝子解読でオーダーメード 精密医療の最前線

日経ナショナル ジオグラフィック社

2019/1/1

ヒトゲノム計画で判明した人体の個人差

6カ国の科学者が参加し、一つのゲノムの塩基配列をすべて解読するヒトゲノム計画には、13年の歳月と1000億円以上の資金が費やされた。今や解読コストは10万円余り。最新型の機器を使えば、たった1日で結果が出る。この技術に生体分子の高度な解析を組み合わせれば、一人ひとりの体を独特なものにしている多様な特徴が明らかになる。

こうした個人差が詳しく分かってくるにつれて、従来の医療が大ざっぱなものに思えてくる。たとえば、この症状にはこの薬という処方の仕方。米食品医薬品局は、広く処方されている薬のなかに、特定の遺伝子変異がある人には効かない可能性がある薬がおよそ100種あると報告している。

この問題は命にも関わる。たとえば、クロピドグレル硫酸塩という薬は、心臓発作を起こした患者に抗血栓薬として日常的に投与されている。だが、米国の人口の約25%は、この薬を活性化するために必要な酵素をつくれない遺伝子変異をもっている。米メリーランド大学で遺伝学を研究するアラン・シュルディナー教授は、こうした患者にこの薬が処方されれば、発作が再発するか、最初の発作が起きてから1年以内に死ぬ確率が2倍になると報告している。

10年以内にはすべての人の医療記録にDNAの解析データが加わるようになると、多くの専門家は予測する。ゲノム解析とデータ駆動型医療への転換は、予想もつかないほど医療のあり方を変えるだろう。将来的には、大量のデータから何歳頃にどんな病気にかかるかを予測できるようになるかもしれない。

未来の医療をのぞいてみるには、遺伝学者のマイケル・スナイダーの研究が良い例になる。米スタンフォード大学のゲノム学・個別化医療センターを率いる63歳のスナイダーは過去9年間、自分の体内の分子や生理機能の指標を追跡してきた。

スナイダー率いるチームは、彼のDNAの解析結果を考慮に入れながら、日々記録される測定値を分析している。日常的に採取する血液や尿、便の検査結果、常に装着している生体センサーで測定したデータなどだ。さらに、遺伝子の発現、タンパク質と代謝物質、そして、心拍数や皮膚の温度、血中酸素といった生理機能の値も記録する。スナイダーはMRI(磁気共鳴画像法)や心エコーなどの検査も受け、臓器、筋肉、骨密度の変化を調べている。

スナイダーは、症状が出る前のできるだけ早い段階で病気の兆候を察知するシステムにこの研究を応用したいと考えている。自ら実験台になったのは、これだけ多くの検査や測定をやり通す人間はほかにいないと思ったからだ。

4年前、体調は悪くなかったが、スナイダーの装着したセンサーが感染症の兆候を察知した。発熱した段階で、彼はマダニが媒介するライム病を疑った。標準的な検査でその直感の正しさが証明されたときには、すでに抗生物質による治療を終えていた。

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