場の空気を凍らせる「会話の乗っ取り」
やる気スイッチを入れよう(15)
友達と話していて、なんだか会話が盛り上がらない。就活のグループディスカッションで、会話が途切れてしまう。こんなとき、どうすれば皆のやる気スイッチを入れることができるのでしょうか。
「会話占有率」90%
大学の授業で、グループディスカッションを行うことがあります。活気のある議論がされるグループもあれば、会話が途切れて沈黙してしまうグループもあります。
あるクラスの授業終了後、大島さん(仮名)という男子学生が教壇にやってきました。「先生、グループ替えはいつですか。今のグループ、みんな全然話さなくて、盛り上がらないんです。仕方ないから、自分が話してるんですけど。早く替えてほしいです」ということでした。
大島さんのグループのディスカッションを聞いてみました。
5人グループのディスカッション中、確かに、大島さん以外のメンバーはほとんどしゃべらず、聞こえてくるのは大島さんの声ばかり。大島さんの話が会話全体に占める割合、つまり「会話占有率」は90%近い印象です。これではグループディスカッションとは言えません。
どうしてこのようなことになってしまうのでしょう。会話の内容を聞いてみました。
「俺なんかさ」
1人1人順番に、「今最も気になっていること」について話すという場面です。最初の順番の小谷さん(仮名)が話し始めました。「やりたいことが見つけられてなくて。バイトをいくつかやってみたり、授業もいろいろな方向のを取ったりしたんだけど、これというのがなくて・・・」と話は、やや中途半端な形で終わりました。
すると、「それさ、全然いい方だよ」と、大島さんが発言を始めたのです。「俺なんか、やりたいことを探すことすらしてないからさ。今はひたすらバイトで稼いでしかいなくてやばい」
小谷さんは、「ああ、そうなんだ」と苦笑いをして、黙ってしまいました。次に発言する順番の学生も、自分が話し始めていいのかどうかわからずに、うつむいて黙っています。沈黙の時間です。なるほど、確かに盛り上がりません。
たぶん大島さんは、「君の場合は、いい方だ」と言うつもりで、相手を励まそうとしたのでしょう。しかし、その後が「俺なんかさ」から始まる、大島さん自身の話でした。小谷さんのことを話題にするはずが、この発言によって焦点が大島さんの話に移ってしまったのです。
さらに、「やりたいことが見つからない」小谷さんに対して、「やりたいことを探すことすらしない」という自分のほうがもっとすごい、と言うことで、小谷さんの話の価値を下げてしまっているのです。小谷さんはもう少し話をしたそうな様子でしたが、この展開によって、自分の話を終えるしかないと思ったのかもしれません。
この「俺なんかさ」「私なんかね」というフレーズで、自分の方に話を引き寄せるのは、「会話の乗っ取り」と言えます。相手の話に乗って、自分の話を始めてしまう。すると、その人の話ばかりになってしまうために、他の人が発言するモチベーションを失うというパターンです。
「じゃあ、次の人お願いします」という大島さんの声で、隣の席の藤波さん(仮名)が話し始めました。「コミュ力が低くて、このままだと就活やばいと思うんだけど、結局バイトとゲームで一日が終わってしまう」ということです。ここでも大島さんの声が聞こえてきました。
「みんなそうだよ。コミュ力はね、みんな悩んでますよ。逆に、そうじゃない人の方が少ないでしょ」
藤波さんは、黙ってしまいました。
大島さんは、「あなただけではないですよ」ということを言って相手を励まそうとしたのでしょう。しかし、「あなたの悩みは、特別なことではない」=「つまらないことで悩んでいる」と受け取られる場合もあります。
また、今せっかく藤波さんの話をしているのに、「みんな」の話として、一般化されてしまい、藤波さんの話がかき消されてしまいました。藤波さんは、「もう自分の話ではない」と判断し、黙ってしまったのかもしれません。
相手の話に焦点を当てよう
では、どうすればよかったのでしょうか。
まずは、相手の話に焦点を当てましょう。例えば、「やりたいことが見つからない」という小谷さんのケースで考えてみます。小谷さんは、「やりたいことが見つけられてなくて。バイトをいくつかやってみたり、授業もいろいろな方向のを取ったりしたんだけど」と言っていました。
小谷さんはどんなバイトをやったのでしょう? いろいろな方向の授業とは何なのでしょうか? 小谷さんがやりたいことを見つけるためにやってきたことを、もっと詳しく聞いてみる、という方向が考えられます。「今までにどんなバイトやったの?」「どんな授業取ったの?」等です。もしも、「塾の講師やってた」という返答があれば、「雰囲気的には、似合う感じがするね? やってみてどうだった?」と、さらに話を深めていくことができます。
話の乗っ取りになってしまう時と、相手の話で盛り上がる場合は、聞く側の思考が違います。次のようにまとめることができます。
自分に焦点:「やりたいことが見つからない? そんなこと言ったら、自分なんか・・・」と、自分のことを考え始める。話の乗っ取りに向かう。相手に焦点:「やりたいことが見つからない? それはどういうことだろう。今までどんなふうに悩んで、どんな行動をとってきたんだろう」と相手に焦点を当てる。自然に相手に対する質問が浮かび、相手の話に関する話が交わされるようになる。
2番目に話した藤波さんの例を考えてみましょう。藤波さんは「コミュ力が低くて、このままだと就活やばい」と言っていました。
「みんなそうだよ」と言って、相手を励まそうとした大島さんの意図も尊重するとして、次のようなレスポンスが考えられます。「コミュ力はみんな悩んでるよね。どのあたりが具体的に悩み? 発表のときとか?」と、みんな悩んでいるから安心して、というメッセージを送ってから、コミュ力の中身を質問してみます。「いや、発表だけじゃなくて雑談とかをするのも苦手」という返事が返ってきたら、「そうなんだ。でも今普通に話できてて、感じいいけどなあ」と励ますこともできます。
質問で相手に話させる
会話に参加している皆が「楽しかった」「また話したい」と思えるのは、会話占有率に極端なかたよりのない時です。2人だったら、だいたい50%ずつ、3人だったらそれぞれが30%前後です。
私は、企業で管理職のかたがたを対象とした研修を行う場合も、会話占有率の話をします。「部下と話をするとき、あなたの会話占有率が高くなり過ぎていませんか」と言うと、はっと気づく人が多いです。先日は研修の後、「自分の会話占有率をできるだけ低くするように意識をしたら、部下がいつも話さないようなことを話してくれて、非常に有意義でした。その後、お互いにモチベーションが上がった気がします」という報告を受けました。
皆さんも、自分の会話占有率を意識してください。会話の途中でも、自分の会話占有率が高すぎると感じたら、相手に質問を投げかけて、相手の話に焦点を移しましょう。率直に、「ごめん、私ばかり話しているね。あなたの話も聞かせて」と話を切り替えるのも一つの方法です。
あなたのひとことで、授業や就活のグループディスカッションだけでなく、友達との会話も、いつもより楽しく充実したものに変わります。すると毎日の楽しさがアップし、やる気スイッチも入るはずです。
明星大学経済学部特任教授、JTBモチベーションズ ワーク・モチベーション研究所長。筑波大学の博士課程で、組織におけるモチベーションの伝染について研究中。大学ではキャリアや就職支援の講義を担当、企業とのコラボレーションによる講義も実施。JTBモチベーションズでは企業で働く人への研修やコーチング、経営層へのコンサルティングを行う。著書は「やる気が出なくて仕事が嫌になった時読む本」「職場でモテる社会学」「できる人の口ぐせ」等多数。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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