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勉強はいつでもできるからこそ、あえて東大に行く 私のホテルの物語(2)

ホテルプロデューサー・東京大学2年 龍崎翔子

2016/12/22

ホテルの経営者になることを決めたはいいものの、身近にホテルを経営している知人がいるわけでもない小学生には、ホテルの経営者になる方法なんて到底分かりません。ホテル経営者になるための資格試験だってないし、『13歳のハローワーク』にもホテル経営者のなり方を説明するページはありません。

ある人はスイスの山奥にある世界一のホテルマン養成スクールに行くといい、と私に言いました。またある人はホテル経営学で有名なアメリカのコーネル大学に行くべきだ、と言いました。ある人は投資銀行に勤めて高給取りになってから独立する方がいい、と言い、またある人はコンサルティング会社に入って経営学を学ぶ方がいいと言いました。不動産デベロッパーになってホテル事業を展開すべきという人もいました。ホテルの経営者という職業は、弁護士や気象予報士などとは違って王道となるようなルートがない。逆に、経済力とノウハウさえあればどんな入り口からも切り拓いていけるのだと、子供心に悟りました。

そうして、私は東大に行くことにしました。「なぜ東大を受験したのか?」と聞かれることがしばしばあるので、「経営学を勉強したかったから」と答えることが多いのですが、正直、学問として体系的にまとめられているような事柄はいつでも学べることだと思っています。

スイスで一流ホテルのホスピタリティを学ぶにせよアメリカでホテル労務だの財務だのを学ぶにせよ日本で経営学を学ぶにせよ、そこに行けば学べると分かっている知識はいつでも手に入る。文献にまとめられていることもあるし、そうでなければ所詮授業料さえ払えば誰でもアクセスできる知識です。ただ、そこにまとめられている以上のことを知ろうと思った時、膨大なインプットを得、先人の思考回路を学び、その思考の過程を自分で追わなければならない。そう言った思考力というか、知識の土壌となるものを養うために、高水準の知見や人材が集い、かつ多様性のある空間に身を置きたかった。そう思って、東大を目指すことにしました。

生き急いで空回りしてボコボコに挫折

東大生というのは得てして不幸な人種で、何者かにならなくてはという強迫観念を抱えながら生きている人が多いものと感じます。特に駒場時代(1、2年次)においてそれは顕著で、世間や自分自身からの期待による重圧と、自身のスペックやキャパシティの限界の間で、もがきながら生き急いでいます。

私も例に違わずその一人で、1年の頃は時には週7でバイトをこなしながら社会人やOBとのパーティーにせっせと顔を出しては、何かヒントやチャンスを掴めないかと画策していました。そこで出会った人々は、親身になって知恵を出してくれる人ももちろんいましたが、冷たい薄ら笑いを浮かべて「何でホテルなんかしたいの?(笑)」「どうやって?(笑)」「何ができるの?(笑)」と上から目線で、現実を見ろよとでも言うように問いかけてくる人も多くいました。

「どうやったらホテル経営できるようになるか分かんないから、ここに顔だしてんだよ!」と切り返しつつも、何一つ成果を出したことのない丸腰のくせに大きな口を叩いてハッタリをきかせているような自分が不甲斐なく、ホテルはひとまず置いておいて、とりあえず何らかのプロジェクトを始めようと決意しました。

ちょうどその頃知人の紹介があり、割と名の知れた小売企業がインバウンド(海外から日本へ来た旅行者)獲得に力を入れていることを知り、「インバウンド顧客の行動パターンやインバウンド施策を研究するために、お手伝いします!」と、その企業へ押しかけてプロジェクトチームを組みました。

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