勉強はいつでもできるからこそ、あえて東大に行く
私のホテルの物語(2)
ホテルの経営者になることを決めたはいいものの、身近にホテルを経営している知人がいるわけでもない小学生には、ホテルの経営者になる方法なんて到底分かりません。ホテル経営者になるための資格試験だってないし、『13歳のハローワーク』にもホテル経営者のなり方を説明するページはありません。
ある人はスイスの山奥にある世界一のホテルマン養成スクールに行くといい、と私に言いました。またある人はホテル経営学で有名なアメリカのコーネル大学に行くべきだ、と言いました。ある人は投資銀行に勤めて高給取りになってから独立する方がいい、と言い、またある人はコンサルティング会社に入って経営学を学ぶ方がいいと言いました。不動産デベロッパーになってホテル事業を展開すべきという人もいました。ホテルの経営者という職業は、弁護士や気象予報士などとは違って王道となるようなルートがない。逆に、経済力とノウハウさえあればどんな入り口からも切り拓いていけるのだと、子供心に悟りました。
そうして、私は東大に行くことにしました。「なぜ東大を受験したのか?」と聞かれることがしばしばあるので、「経営学を勉強したかったから」と答えることが多いのですが、正直、学問として体系的にまとめられているような事柄はいつでも学べることだと思っています。
スイスで一流ホテルのホスピタリティを学ぶにせよアメリカでホテル労務だの財務だのを学ぶにせよ日本で経営学を学ぶにせよ、そこに行けば学べると分かっている知識はいつでも手に入る。文献にまとめられていることもあるし、そうでなければ所詮授業料さえ払えば誰でもアクセスできる知識です。ただ、そこにまとめられている以上のことを知ろうと思った時、膨大なインプットを得、先人の思考回路を学び、その思考の過程を自分で追わなければならない。そう言った思考力というか、知識の土壌となるものを養うために、高水準の知見や人材が集い、かつ多様性のある空間に身を置きたかった。そう思って、東大を目指すことにしました。
生き急いで空回りしてボコボコに挫折
東大生というのは得てして不幸な人種で、何者かにならなくてはという強迫観念を抱えながら生きている人が多いものと感じます。特に駒場時代(1、2年次)においてそれは顕著で、世間や自分自身からの期待による重圧と、自身のスペックやキャパシティの限界の間で、もがきながら生き急いでいます。
私も例に違わずその一人で、1年の頃は時には週7でバイトをこなしながら社会人やOBとのパーティーにせっせと顔を出しては、何かヒントやチャンスを掴めないかと画策していました。そこで出会った人々は、親身になって知恵を出してくれる人ももちろんいましたが、冷たい薄ら笑いを浮かべて「何でホテルなんかしたいの?(笑)」「どうやって?(笑)」「何ができるの?(笑)」と上から目線で、現実を見ろよとでも言うように問いかけてくる人も多くいました。
「どうやったらホテル経営できるようになるか分かんないから、ここに顔だしてんだよ!」と切り返しつつも、何一つ成果を出したことのない丸腰のくせに大きな口を叩いてハッタリをきかせているような自分が不甲斐なく、ホテルはひとまず置いておいて、とりあえず何らかのプロジェクトを始めようと決意しました。
ちょうどその頃知人の紹介があり、割と名の知れた小売企業がインバウンド(海外から日本へ来た旅行者)獲得に力を入れていることを知り、「インバウンド顧客の行動パターンやインバウンド施策を研究するために、お手伝いします!」と、その企業へ押しかけてプロジェクトチームを組みました。
どういう商品が売れるのか、どういったルートで店舗に来るのか、どうやって情報収集をしているのかなどを調査し、インバウンドの最大手国である中国の旅行代理店のパッケージツアーに、この企業の店舗を組み込んでもらえないか直接打診しました。わざわざ北京まで赴いて商談したのですが、結局約束をすっぽかされ、破談。プロジェクトチームの人間関係もこじれてしまい、すべて白紙に戻すことになりました。この時の挫折感で、それまで気を張り生き急がせてきたものがすっと抜けてしまい、夢を燻らせながら社会との接触を避け、普通の大学生としてサークルと授業と飲み会を行き来する日々がしばらく続くようになりました。
やがて転機は音を立てずに
2015年秋、夏のプロジェクトに失敗した私は、将来への明確なビジョンもなく、一過性の快楽に流されながら1日1日を無為に消費するという自堕落な日々を送っていました。適当にバイトをして小銭を稼ぎ、食事や飲み会、イベントに誘われれば何が何でも参加する。手帳いっぱいに遊びの予定を詰めながら、同世代の活躍を目にしては焦燥感に苛まれ、生産性がゼロの自分を呪いました。
自己肯定感がどん底だったので「大学生の分際でホテルは無理だな」と思い、「将来は何でもプロデューサーになりたい。アクティブなニートになって日本を3センチ面白くしたい」と言っては周りの人を心配させていたのもこの時期です。毎朝、死人みたいな顔をしながら自分の生きる意味がどこにあるのか問い続けながら学校に行き、夜に絶望的な気分になって帰ってくる日々が続きました。
親に「将来どうするの?」と聞かれて「何でもプロデューサー」などと答えながらも具体的な道筋を示せず、本気で言っているのに自分の発言がただふざけているようにしか思えなくて、それがかつて思い描いていた自分の姿とあまりにかけ離れていてどうしようもないほど情けなく、涙をぼろぼろこぼすこともしばしばありました。
転機とはどんな時に降ってくるのかわからないもので、ガツガツと意識高い系のイベントに参加していた時ではなく、目的地を見失ってフラフラしていた時期に突然、そして静かにやってきました。
一つは東京にあるゲストハウス「toco.」の創業ストーリーを描いた記事でした。toco.とは知る人ぞ知る日本を代表する名ゲストハウスで、その記事には「フリーターをしていた元旅人の男女4人が1000万円集めて古民家をリノベして生まれた」と紹介されていました。収容人数25人、木造、ドミトリー、共用バス・トイレ。それまで、100室程度もしくはそれ以上のホテルしか知らなかった私にとって、ゲストハウスは全く未知の、そして新鮮な宿泊業態であり、私でも頑張れば作れるのかもしれないと思わせるものでした。
もう一つは革新的な宿泊サービスとして世界を席巻し始めていたAirbnbとの出会いでした。Airbnbとは、自分(ホスト)の使わないお部屋を旅人(ゲスト)に貸し出すためのマッチングサービスで、シェアリングエコノミーやFacebookなどのSNSの浸透に伴って以前から耳にする機会はありました。ちょうどその頃、シェアハウスがどうしてもしたくて、「4LDKを3人で借りて余った1部屋をAirbnbで売りに出したら家賃が浮くんちゃうか!?」と思いAirbnbを研究していたのですが、このAirbnbとの出会いが私の固定観念を覆しました。
私は今まで「ホテル」というと、豪華で大きな建造物で、充実した設備と多くのスタッフがいる、というイメージがあったのですが、Airbnbのような「部屋一つ、ベッド一つ」でも、お客様を迎えることができ、究極的にはホテルと同じであるということに気づきました。つまり、今まで大きなハコという形でしか捉えることができなかった「ホテル」というものが、一部屋一部屋、ユーザー一人ひとりを寄せ集めてできたものだと認識を転換できるようになりました。
いきなり100室の大きなホテルを作るのは私には無理。でも、5室、10室の小さいホテルで、お客さんに満足してもらうことは私にもできるかもしれない。こうして、燻らせ続け一度はあきらめかけた夢を再び追いかけ始めることになりました。
『好きだからする』じゃなくて、『課題があるから解決する』
よく他の大学生の方から、「何かに打ち込みたいんだけど、何をしたらいいのか分からない。喝を入れて欲しい」と言われることがあります。私は幸運にも幼い時から将来の夢があり、しかもそれが色褪せなかったために、大学に入ってもやりたいことがハッキリしているだけですので、やりたいことがわからないなあという方に上から目線で喝を入れられるような身分ではありません。ただ、自分のやりたいことが10年以上変わらなかった原因を分析してみると、おそらく純粋にホテルが好きというのもあるのですが、その原点には世の中に自分が泊まりたいようなホテルがない、私が経営者だったらもっと面白いホテルを作れるのに! という思い、問題意識があります。
ただ単に好きなだけだったら、マイブームのように次はアパレルに興味が出て、今度はデザインに興味が出て・・・と目移りして、腰を据えて何かに取り組むことができなかったと思います。10年経っても自分の欲しいホテルがない(正確にはあるとは思うのですが、ホテル業界におけるマジョリティになっていない)という課題が残り続けているからこそ、熱意が尽きないのだと思います。
ですから、やりたいことが分からないという人には、「自分が欲しいものを作りなよ」とお伝えしています。欲しいものが世の中にないという課題はなかなか解決できないし、そもそも課題だと思っている人が自分しかいないかもしれない自分か解決するしかない。そういうものこそが、自分のすべきこと、かつ、飽きずに長く続けられることだと思います。
次回はいよいよ起業します。身の回りの生ぬるい幸せを打ち捨てて、夢を追って北の大地へと旅たちます。お楽しみに!
ホテルプロデューサー。東京大学文科2類2年(在学中)。大学1年の終わりに母親と共同で法人を設立し、北海道・富良野でホテルの経営を始め、事業を拡大、2016年4月に京都で2号店を開店した。「ジャケ買いされるホテルを」をモットーにソーシャルホテル、テラスハウスなどのプロデュースを行っている。
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