冷戦とバブル経済の崩壊とともに始まった平成時代は、どんよりとした閉塞感とともに暮れようとしている。平成末を迎えた演劇界の1年を創作劇を軸に振り返ってみよう。
まず触れたいのは、ケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出の舞台である。「修道女たち」という作品はキリスト教の教団の物語かと思いきや、中世魔女狩りの「だまし絵」だった。善意の庶民が社会の同調圧力によって異端の迫害に加担する。「同調」の怖さは、忖度(そんたく)という加担によって顕在化する。1963年生まれ、ナンセンス喜劇を愛する劇作家はもうひとつの新作「睾丸(こうがん)」でも、平成の退廃をついた。半世紀前の1968年をふりかえる機運が盛り上がった今年、その光よりも闇に焦点を合わせる。性のモラル崩壊や戦略至上の金銭感覚が平成の拝金主義、勝ち組負け組の世の中を生む因果。この時代の居心地の悪さを個性派ぞろいの役者たちが体現していた。
創作劇の最前線、ロスジェネ世代がになう
創作劇の最前線は今、いわゆるロスジェネ世代(ロスト・ジェネレーション世代)がになう。バブル崩壊から10年ほどの間に社会人になった就職氷河期世代で、70年代から80年代初頭にかけて生まれた。彼らは経済成長の実感をもったことがなく、浮ついた夢は語らない。そんな世代から、ありのままの歴史を見すえようとする作劇が生まれたのは偶然でなかろう。
劇団チョコレートケーキは座付きの作家、古川健(78年生まれ)と演出家、日澤雄介(76年生まれ)コンビの連作「ドキュメンタリー」と「遺産」で、旧日本軍の細菌兵器開発をめぐる実録的ドラマを舞台化した。旧満州(中国東北部)の731部隊で開発にあたった科学者たちが人体実験をくりかえし、戦後は大学や企業の要職についた事実はNHKの取材などで明らかになっている。古川は史実に周到に寄り添い、科学者のおごりに光をあてた。「遺産」でとらえた科学者の陶酔は核兵器開発にも通じる倫理問題で、中国人女性や証拠隠滅のため遺体を焼いた部下の声には、ドキュメント・ドラマならではの力があった。
長田育恵(77年生まれ)は、第2次大戦の敗戦時、朝鮮半島に残留せざるを得なかった日本人妻たちを「海越えの花たち」で劇化した。「慶州ナザレ園」をモデルに、朝鮮人被爆者をもからめて重層的に描く挑戦的舞台だった(木野花演出)。逸話の詰め込みすぎではあったけれども、日韓のはざまに沈んだ女たちの声をよみがえらせた力作であった。青年座に書き下ろした「砂塵(さじん)のニケ」(宮田慶子演出)のように、汚濁にまみれた世界のなかでこそ輝く心の色を探りあてる作家であろう。