科学か迷信か 春分の日に卵がまっすぐに立つ理由
重いものほど速く落ちる。この思い込みが間違いであると示したのは、ガリレオ・ガリレイだ。多くの人が直感的に正しいと信じていることでも、実験や観察によってそれが迷信にすぎなかったと明らかになることがある。ナショナル ジオグラフィックの別冊『科学の迷信 世界を惑わせた思い込みの真相』から、地球にまつわる迷信を紹介しよう。
春分の日は卵がまっすぐに立つ?
「春分の日は卵がまっすぐに立つ」という説がある。この話は本当だ。春分の日だけでなく、秋分の日や、夏至や冬至の日でも立つ。ついでにいえば、1年中、どの日にやっても立つ。
なぜか。
実はこれ、卵の殻の表面全体にとてもかすかな凸凹があるおかげ。米国ミシガン州のマンセローナ中学校で科学の授業を受けた生徒は、先がとがったほうを下にしても立てられるようになった。器用な人は、ぜひやってみよう。
もともとは中国の古い習慣で、立春の日に人々は卵を立てる。そうして昔から新年の幸運を祈ってきたのだ。1945年に『ライフ』誌の特派員、アナリー・ジャコビーがこの行事をたまたま見て、卵を立てる儀式を紹介する記事を書いた。この記事をUPI通信社が取り上げ、全米の新聞社に向けて配信。この記事をきっかけに、「春分の日の間は、しかもその日だけは、卵が垂直に立つ」という俗説が西欧社会に広まることになった。春分の日は、太陽がちょうど赤道の上を通り、昼夜の長さが等しくなる、1年にたった2回しかない日の一つだから、というのである。
おかしなことに、中国の立春は春分の日とは別の日だ。ジャコビーが見かけた行事も、2月に行われていた。平たくいうと、西欧のメディアが報じた卵を立てる中国の伝統と、アメリカにとっての春の訪れ、それに太陽と地球との位置関係から重力が安定するというまことしやかな話の間には、そもそも何の因果関係もないのだ。
科学的なアプローチによってこの迷信を覆すのは簡単だ。まずは今日、卵を立ててみよう。明日もやろう。毎日試し続けてみよう。そのうち、1年中、いつやっても卵を立てられるほどうまくなるはずだ。そんなことを試す気などない人は、この迷信を支える「サイエンス」のうさんくささに気づいたほうがいい。
春分の日や秋分の日に、太陽と地球との間に特別な重力場が生まれることはない。地上に置いた1個の卵に働く重力に太陽が及ぼす影響など、取るに足らない。それよりも、実験者が呼吸する息のほうがよっぽど、卵に大きな影響を与えるだろう。
雷は同じ場所に2度落ちない?
このフレーズはそもそも、災難に遭ったばかりの人を慰めるときにいうことわざだ。こんな最悪な目に遭ったら、もうそれ以上ひどいことは起きない、と安心させるために使われていた。それがいつのまにか、いかにも科学に裏打ちされた真理であるかのように独り歩きしたのである。
気象学者や、嵐、竜巻を観測する人は、雷は実際、同じ場所に二度三度落ちることを知っているし、それ以上落ちることもざらにある、と言い切る。雷の標的となりやすいのが、超高層ビルやテレビ塔、そして、避雷針のついた建物である。例えばニューヨークのエンパイア・ステート・ビルには、年に軽く100回は落雷する。
2014年には、嵐や竜巻を観測するドン・ロビンソンが、1回の嵐の間にシカゴのウィリス・タワー(アメリカで2番目に高い超高層ビル。旧シアーズ・タワー)に雷が10回も落ちる様子を写真に収めた。また彼は数年かけて、バーモント州セントオールバンズのとあるテレビ塔に雷が約50回落ちるのを記録している。
雷が同じ場所に二度三度(またはそれ以上)落ちやすい件はさておき、一つの稲光がたまに、2カ所以上に落ちることがある。1990年代には、NASA(米航空宇宙局)の科学者がこの現象に関して文書に記録している。このグループは、雲間から地面に落ちる稲光約400本をビデオテープに収めた。そのとき地面を直撃した稲光の35パーセントが2カ所以上の場所に落ち、その間隔がわずか数メートル、ということもあった。
稲光が雲の端から出た瞬間、複数の経路を通って地面に達するときもある。つまり、枝分かれしたのだ。この結果を受けたNASAの科学者は、落雷地点の数から察するに、落雷に当たる確率は実際に見える稲光の数よりも多い、という結論に至った。
水洗トイレの渦巻きは台風と同じ向き?
北極点の上に立って、自転する地球を見下ろしてみると、地球が反時計回りをしているように見えるはずだ。逆に、南極点まで行って同じことをしたら、時計回りに見えるだろう。台風やハリケーンなど地上で起こる渦巻きは、この回転が生み出す力に影響される。いわゆる「コリオリ効果」と言われるものだ。
水洗トイレの便器にたまった水も、コリオリ効果で考えれば、台風と同じく地球の自転と同じ方向に巻き込まれて渦を作るように思われる。ところが現実には、トイレを流したときの水流の向きは、必ずしもそうならない。
水洗トイレの渦巻きは、偶発的な要素に左右される。そう唱えるのは、オレゴン州立大学で海洋大気科学を専門に研究するフレッド・W・デッカー教授だ。同氏によれば、何よりも大きな決め手は排水口の形だ。その前にトイレを流したときの水の揺れが収まっていなかったら、それもまた渦の向きに影響を与えるという。
コリオリ効果は確かに台風の渦の向きを決め、その向きは北半球と南半球とでは正反対になる。だがこれは、作用する範囲が十分に大きいからである。それに対して、キッチンの流し台やトイレの排水口の直径では、あまりにも小さすぎるのだ。
ただし、トイレのサイズがサッカー場ほどの大きさだったら話は別だ。そんなトイレがあったらの話だが。
[書籍『科学の迷信 世界をまどわせた思い込みの真相』(日経ナショナル ジオグラフィック社)を再構成]
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