投信の銀行窓販20年 盛衰の歴史から見える課題QUICK資産運用研究所 清家武

投資信託の銀行窓販が1998年12月に解禁されてから、今月で20年。「日本版金融ビッグバン」の一環で、証券会社でしか購入できなかった投信が銀行でも購入できるようになり、個人にとって投信がより身近な金融商品になった。銀行窓販が投信市場の成長をもたらしたが、ここ数年、窓販自体は低迷している。20年をデータで振り返り、今後の課題について考えた。

日本版金融ビッグバンの一環で窓販が解禁

銀行窓販の解禁前夜を振り返ってみると、96年には日本版金融ビッグバンがスタート。規制緩和が次々と実施され、投信窓販解禁もその一環だった。

97年には山一証券、三洋証券、北海道拓殖銀行が、98年には日本長期信用銀行、日本債券信用銀行が相次いで経営破綻。そうした荒波の中、銀行の投信窓販は98年12月に船出した。

金融市場が不安定な状況ではあったが、証券会社の人材が流動化し、銀行へ流入したことで、投信販売の体制が早期に確立できたのは不幸中の幸いであった。また、運用会社にも証券系の人材が流入し、銀行向け研修などのサポート体制が強化された。

99年10月には株式の売買手数料が完全に自由化され、証券会社は株式から投信を中心とした資産管理型営業へとカジを切った。

これらの効果もあり、投信の純資産残高は急速に拡大した(図表1)。98年12月時点の追加型株式投信(上場投信=ETF=を除く)の純資産残高は10兆円程度だったが、約8年後の2007年1月には50兆円まで膨れあがった。08年には純資産残高で銀行が証券を抜き、投信の販売チャネルとして確立した。

急成長を支えたのは毎月分配型ファンド

銀行窓販の急成長を支えたのは毎月分配型ファンドだ。世界の債券に投資する「グローバル・ソブリン・オープン(毎月決算型)」は象徴的な商品だった。同ファンドによって、毎月分配型の認知度が高まったといえる。株式型で初めての毎月分配型となる「ピクテ・グローバル・インカム株式ファンド(毎月分配型)」も人気化した。

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