米国宣教師の死で注目 接触拒むインド離島の孤立部族
ベンガル湾に浮かぶインドの離島、北センチネル島で2018年11月、米国人宣教師が死亡した。この事件をきっかけに、立ち入りが禁止されているこの島に再び関心が集まり、島の人々の将来を心配する声が高まっている。彼らは狩猟採集を生業とし、長らく外部からの接触を拒んできた。
20世紀後半を通じて、北センチネル島を含むアンダマン・ニコバル諸島を管轄するインド政府は、センチネルの人々との接触を試みてきた。しかし、その試みの多くは、海岸から一斉に放たれる矢や槍に出迎えられた(1970年代には、ナショナル ジオグラフィックのドキュメンタリー番組のディレクターが、撮影中に槍で負傷した)。
失敗が相次ぐなか、1990年代初頭に行われた2度の接触は特筆に値する。このとき、センチネルの人々は、インド国立人類学研究所(AnSI)の人類学者を含むチームからココナッツを受け取ったのだ。
このチームに唯一の女性として参加していたのが、マドゥマラ・チャトパディヤエ氏。子供の頃からアンダマン・ニコバル諸島の部族を研究することに憧れていた同氏は、人類学者となって6年にわたり彼らを調査、20本の論文と、著書「Tribes of Car Nicobar」を出版した。
AnSIの博士研究員だったチャトパディヤエ氏は、1991年1月、北センチネル島へ行くチームに加わる最初の機会を得た。だが、難問が一つあった。島々の「敵対的な」部族との接触を試みるチームに、女性が参加したことはなかったのだ。「リスクを承知しており、傷害を負ったり死亡したりしても政府に賠償金を請求しない、という覚書を書かなければなりませんでした」とチャトパディヤエ氏は振り返る。「両親も似たような覚書を書かされました」
無事許可を得たチャトパディヤエ氏は、センチネルの人々と接触した初めての女性人類学者となった。それから27年を経た今、北センチネルの島民との接触について、同氏がナショナル ジオグラフィックのインタビューで語ってくれた。
ココナッツを浮かべる
「(1991年1月の調査の)数カ月前にAnSIが送ったチームは、いつも通りの敵対的な応対を受けたので、私たちは少し不安でした」とチャトパディヤエ氏は話す。チームは小さなボートで島に近づき、無人の砂浜に沿って煙が立ち昇る方へと進んだ。4人のセンチネル族の男性が、弓矢を携えて海岸へ出てきた。「私たちは、彼らの方へ向けてココナッツを浮かべ始めました。驚いたことに、何人かは水に入り、ココナッツを回収していきました」
その後の2、3時間、ココナッツを拾うために、男性たちは何度も砂浜から水中へとやってきた。離れた場所から、女性と子供たちが眺めていた。とはいえ、よそ者である人類学者たちが襲われる危険性はまだあったと、チャトパディヤエ氏は振り返る。
「19歳か20歳くらいの青年が、女性とともに砂浜に立っていました。彼は突然、弓矢を構えました。私は、その地域の他の部族の調査で覚えた言葉を使って、ココナッツを取りに来るよう呼びかけました。すると女性が青年を小突き、矢が水中に落ちました。女性に促され、彼も水の中に入ってココナッツを拾い始めました」と同氏は語る。
「その後、何人かの男性がボートを触りに来ました。その行動は、私たちを恐れていないことを示しているように思えました」。AnSIのチームは砂浜に上陸したが、センチネルの人々が集落に連れて行ってくれることはなかった。
1カ月後、チャトパディヤエ氏はより大きなチームとともに島を訪れた。「このときは、センチネルの人々がチーム全員と馴染みになってほしいという政府の意図で、大人数となりました」と同氏は振り返る。「彼らは、私たちが島に接近するのを見ていました。その後、武器を携えずに迎えてくれました」
水面に浮かべられるココナッツを回収するだけでは飽き足らなくなっていた彼らは、ボートに上がり込んでココナッツを袋ごと持って行った。「警察官のライフルをただの金属片と思ったようで、ライフルまで持って行こうとしました」。その後、チームメンバーの1人が、センチネル族の男性が身に着けていた葉でできた装身具を取ろうとした。「男性は怒って、ナイフを取り出しました。すぐに去るよう身振りで伝えてきたので、私たちは島を後にしました」と同氏は話す。
数カ月後に実施された3度目の訪問は、悪天候によってうまくいかなかった。「砂浜には人影がなく、私たちは誰にも会うことなく戻りました」と同氏は振り返る。その後、政府は北センチネル島への訪問頻度を減らすことを決定した。島民は多くの病気に対して免疫を持っていないと考えられるため、外部の人間による接触は彼らを感染の危険にさらしてしまうからだ。
チャトパディヤエ氏は現在、インドの社会正義・エンパワーメント省で働いている。アンダマン・ニコバル諸島には19年間訪れておらず、今後も北センチネル島を訪問するつもりはないという。「彼らは何百年もの間、何の問題もなく島で暮らしてきたのです。問題が生じたのは、外部の人間と接触するようになってからです」と同氏は話す。「島の人々に必要なのは、外部の人間がやってきて守ってくれることではなく、放っておいてもらうことです」
(文 Fehmida Zakeer、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2018年12月11日付]
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