三菱商事元会長に聞いた(中) 「日本の教育」の問題点廣津留すみれのハーバードからの手紙(7)

米ハーバード大4年生/演奏家 廣津留すみれ

米ハーバード大4年生/演奏家 廣津留すみれ

今回も前回に続きハーバードの大先輩、三菱商事元会長の槇原稔さんへのインタビューです。中編は日本の教育における課題とビジネスの場における英語の重要性などになります。

廣津留 当時のセントポールとハーバード両方の教育システムで、今の日本でも学ぶべきヒントや、使えそうな技はありますか。

槇原 大学と大学院との関係を見直す必要があるんじゃないかと思いますね。大学は一般教養の場であり、大学院は専門能力を育成することを目指すべきではないでしょうか?

廣津留 なるほど。

槇原 日本の大学は、日本の社会そのものにも言えますが、非常に縦割り的ですね。最近はサイロ(silo=業務プロセスやシステムなどが、外部との連携を持たずに自己中心的で孤立している様を示す言葉)という表現が徐々に日本でも使われ始めていますけど、サイロの外のことになるとどんどん排他的になるとかね。

そういう点では科学の進歩にも障害が相当起こってくるのではないか。特にデジタル化になってくると、「縦割りをどうやって横割りにするか」ではなく、もう「横割りが大事」なんだと思います。

1年くらい海外に行ってみること

廣津留 それこそ今度の大学入試改革では、考える力重視になると言われていますけど、そこを改革するのが1番大変なのではないかと思います。どうすれば良くなると思いますか?

槇原 排他的ではなく、多くの人と対等に意見を交換し、グローバルな視点を育成する事が大事と思います。1番簡単なのは、海外に行ってハーバードとかイエールとかプリンストンとか、ああいう所へ1、2週間ではなくて、少なくとも1年くらい行く。そして向こうの生活に入り友人を作ることでしょうか。先生であれば、向こうに行って教えてみるとか、向こうの先生を迎え入れるとかね。そういう交流をやっていくことでしょうね。日本の社会は、残念ながら移民をとっても難民で受け入れたのは数名しかいないなんて、びっくりするような数字でね。

廣津留 やはり実際にその雰囲気を味わわないと分からないというところが大きいですかね。

槇原 そうでしょうね。

廣津留 私も最初は驚きました。授業中に発言しないと、その場に存在していないと思われるし、いかに自分に自信があるように見せるかという自己演出、その力が大事なんだっていうことに気づきました。もちろん1年目にもたくさん学びましたが、3年経って、授業や大学の音楽イベント、オペラのプロデューサー経験など、実践を通して学んだことがたくさんありました。なので本当にその通りだと思いますね。

槇原 それから、たまたまあなたも私もハーバードへ行ったんだけれども、アメリカには他にも優秀な大学がいっぱいあるってことは認識すべきでしょうね。

廣津留 本当にそうですね。ハーバードはアイビーリーグの大学の中でも課外活動と学業のバランスが半々くらいで、みんな課外活動にすごく力を入れているんですが、当時はどうでしたか。

槇原 当時はね、あんまりその重点はなかったですよ。

廣津留 勉強が主、という感じでしたか?

槇原 勉強と、あとは完全な遊びですよね。ははは。

廣津留 なるほど。

槇原 今は、夏にどういう仕事をしたとか、社会に貢献する様なことができたかなど、そういうことが非常に評価されますよね。そういう評価は、当時は余りなかったですよ。

槇原稔さん 2010 年より現在まで、三菱商事株式会社特別顧問。1956 年同社入社、米国三菱商事ワシントン駐在員首席、米国三菱商事会社社長および三菱商事株式会社取締役社長を経て、1998 年会長に就任。現在は三菱UFJ モルガン・スタンレー証券株式会社、三菱倉庫株式会社の取締役でもあり、その他、三極委員会代表委員、Harvard Asia Center アドバイザリーコミッティメンバー、シンガポール・Temasek 社インターナショナルパネル名誉委員、英国・Hakluyt 社国際諮問委員会委員、米国・McLarty Associates の諮問委員会委員等を務める。又、財団法人東洋文庫理事長およびカルコン(日米文化教育交流会議)の日本側顧問を兼任

廣津留 今なら、例えば就職するにしてもどこのサマーインターンで何の仕事をしていたかなどを見られますけど、当時はそんなことなかったんですね。

槇原 そうですね。

廣津留 その方が自由でいいですね。今は、IT業界やコンサルティング業界、金融業界に行かなきゃいけない、というPeer pressure(同調圧力)がずいぶんあるという話を学校の友達からも聞きますけど、当時とはだいぶ違うんでしょうね。

槇原 当時はあんまりそういうのはなかったですよね。僕のセントポールスクールのクラスをみると、自由業というか、弁護士とか税理士とか、そういうのが3分の1ぐらいかな。それから軍人、例えば海軍に2年いて、それから日本へ来たとか、そういうのはありました。有名な作家もいたし。ジョン・アップダイク(※1)は同級生ですよ。

自分の専門を越えた色んなことに関心を持つ

廣津留 アメリカは日本に比べるとイノベーションの数やプラットフォームで世界を席巻している数が格段に違うと思うんですけども、日本がこれからそういうイノベーションを起こしていくにあたって、どういうことができると思いますか。またはどうして日本ではそういうことができないと思いますか。

槇原 イノベーションに限らず、特に大学時代はね、垣根を越えた、つまり自分の専門を越えた色んなことに関心を持つ、色んな議論ができることが非常に大事だと思いますし、それはイノベーションに限らず社会全般、例えば政治とかね、そういうところにも同じようなことが言えるんじゃないかと思いますよ。

先ほど申し上げたように、アメリカは大学(学部)はむしろ教養学部が中心であって、大学院に行く前の一般教養を積んでいくというスタイルになっている。日本は大学に入っていきなり専門化しちゃっている。そこが1つのバリアになっているのだと思います。

廣津留 教育システムを変えないと、変わらないということでしょうか。

槇原 教育のシステムそのものを変える必要もあるし、もっといえば今はグローバル化の時代ですから、やっぱり言葉の問題とか、色んなことを変えなきゃならないと思いますよね。それからシステムを変えても、今度は先生が変わってこないと意味がないと。

英語の良さは、適当に正確であり、適当に曖昧

廣津留 私の履歴書(2009年に日経新聞に連載された履歴書風自伝)をすべて読ませていただいたんですけれども、昔から社内公用語を英語にしようということを世間に先駆けておっしゃっていましたよね。先見の明があるといいますか、昔から英語の必要性が分かってらっしゃった槇原さんにとって、最近少しずつ状況は変わってきていると思いますか。

槇原 すこーしずつね。うちの三菱商事こそ英語と日本語両方が公用語であるべきですけど、圧倒的に日本語ですよね。そしてこれは僕の持論ですけどね、「アングロサクソンが中心になって築き上げた実業界で、英語が公用語になっている」という理由ではなくて、英語という言語そのものがビジネスに合っているのだと思いますよ。

これは私の履歴書に書いたと思いますけど、もともと僕は三菱商事の水産部に入りまして、今のイエメンのアデンへ1カ月出張した。もう今は戦争地区になっていますが、その沖ではイカがとれるので、そのイカの漁業権をとりに行ったわけです。そこでMr.Besseという人に非常にお世話になった。彼はフランス人で、もちろんフランス語ベラベラ、英語もベラベラ、アラビア語もしゃべる。中国語もわかる。ものすごく言葉に強い人でね。

それで僕が帰る前の晩に彼が宴会をしてくれて、「あなたはこんなにいっぱい言葉ができますが、ビジネスの時は、何語で考えるんですか?」と聞いたら、「当たり前だよ、英語で考えるんだよ」と返ってくる。なぜ英語かと聞いたら「英語というのは適当に正確で、適当に曖昧だ」と。

例えば、英語で交渉した後、帰って一寝入りして、夜中目が覚める。そして、「あれ、あそこは十分に詰めなかったなぁ。相手の人は自分がこう考えていると分かってくれたかな?」と思って次の日に相手と話すと、だいたい間違いなくぴたっと理解が合うんですよ。

それから彼が言うには、フランス語はものすごく詳しくて細かいことまで決めるので、交渉が大変で、いつまでたっても交渉が終わらないと。英語の場合は適当に、「ああ分かった」と、気付いたときにはもう意志が疎通している。適当に正確であり、適当に曖昧であるというわけですね。

廣津留 日本語はその点どうですか?

槇原 日本語は、全くビジネスに向いていない。主語がなくても文章ができる言葉ですから。もちろん文学的にはそれがまたひとつの特徴であって、日本語の強みというか日本文学の価値もあるわけです。しかしビジネス用語になると、英語だと思いますし、条約などの外交用語もかつてはフランス語でしたけど、それも今では英語のほうが通用しているんじゃないかな。

※1 ジョン・アップダイク(1932~2009)アメリカの作家。代表作に「走れ、ウサギ」。2度のピュリツァー賞など数多くの受賞歴。

ハーバードの学生オーケストラと共演
廣津留すみれ(ひろつる・すみれ)
 1993年生まれ、大分県立大分上野丘高校卒、米ハーバード大4年生。英語塾を経営する母親の影響もあり、4歳で英検3級に合格。3歳から始めたバイオリンで高1の時に国際コンクール優勝。大学では2団体の部長やオペラのプロデューサーなどを務める。2013年からハーバード大の学生らとともに子どもの英語力を強化し表現力やコミュニケーション力を引き出す英語セミナー「Summer in JAPAN」を大分で開催している。

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