ハーバードの大先輩、三菱商事元会長の槇原稔さんへのインタビューの下編です。今回は、グローバルマインドをもって信頼関係を築く必要性、そして日本の未来を担う若い世代への提言を伺いました。学生・社会人の皆さん共に必読の第8回です。
友人の意見を決断の参考に
廣津留 水産部の頃や社長に就任された頃は、国際情勢を踏まえた上で大きな意志決定を下す場面が多かったと思うのですが、大きな決断をするときに一番気をつけたことは何ですか。
槇原 色んな人の意見を聞くことですね。セントポールスクールとハーバード時代の友人のうち、10~20人くらいの友人は聞けば色んな意見を言ってくれる。これはやっぱり貴重でね。日本の中だけで言うと、最初は属している部内の議論、それから社内の議論、そして今度は例えば外務省など外部の意見を聞く。しかし、やっぱり外務省は外務省なりの、通産省は通産省なりの、自分たちのポリシーに基づいた発言をしますよね。それが海外の友人に聞くと、まったくそういうことにとらわれず、自分だったらこうするよという意見を言ってくれますからね。
廣津留 友人の意見を聞くことは結構多かったんですか。
槇原 非常に多かったですよ。

変わったことと変わらないこと
廣津留 以前、槇原さんが理事長を務めていらっしゃる東洋文庫(※1)をご案内いただいて、これまでの人類の長い歴史を拝見する貴重な機会があったのですが、槇原さんの八十数年の人生で、人類が変わったなと思うことと変わってないなと思うことがあれば、お聞きしたいです。
槇原 それはPhilosophicalで難しい質問ですね。僕自身にとっては戦前・戦中・戦後で非常に大きな違いがある。例えば戦前。僕は成蹊小学校にいましたが、当時は非常に自由な時代でした。その頃の友人とは未だに付き合っています。それから戦時中っていうのはまったく異常な時代でね。特に日本では自分のパーソナリティを生かせる時代ではありませんでした。
そして戦後。僕はセントポールスクールを1950年に卒業してハーバードに行きましたが、その頃の日本はまだまだ混乱の時代でね。焼け残っているところもあるし、左翼の運動も相当ひどかったし、国鉄総裁が暗殺されたとか、大きなストライキがあったとか、非常に混乱した時代でしたね。ハーバードにいるときにKorean Warが起こって、そこから日本の経済もtake offしていく。ですから世の中がどんどん変わっていく時代でしたよね。その中で、僕は1955年に帰国して1956年に三菱商事に入社しました。そのときはちょうど合併した直後でね、タイミングは良かったんですよね。

廣津留 逆に変わっていないことはどうでしょう。
槇原 うーん......。変わるべきところがあまり変わってないんでしょうね(笑)。
廣津留 それはこれから変わっていくと思いますか?
槇原 あまりにも使われているので恥ずかしいような言葉ですけど、日本が生き残るためには、まあ、間違いなくグローバル化ですよね。いくら安倍首相が頑張っても少子高齢化は続くでしょうし、そんなに簡単に子供の数が1.8人なんて達成できるわけないしね。そうすると、少子高齢化を越えていくためには、外のtalent(有能な才能)を入れる必要があるし、同時に海外で活躍できるような人材が必要になってくる。いわゆるグローバルマインドを持った人材を育成しないとだめだと思いますね。だけどそのためには日本の教育制度を変える必要があるし、日本の企業風土も変える必要がある。それから、モラルの問題、これも変える必要がある。そのためには自由闊達に色んな意見を交わせるような仕組みが必要でしょうね。
廣津留 それがなかなか難しいですね。
槇原 難しいけど、日本の一般的な教育レベルは高いと思います。それから勤労意欲、work ethic(労働倫理)も決して低くはない。ただし問題は、それがちゃんと生かされているかというと、組織の弊害、慣習の弊害とか色々あって生かされていない。ちゃんと生かされるようにしないといけないと思いますね。
信頼関係を築くには
廣津留 グローバルマインドっておっしゃいましたが、海外の人や国と付き合う時に信頼を築くにはどうすれば良いでしょうか。人生のほぼ半分を海外で過ごしてきた槇原さんだからこそ分かることがあれば、ぜひ教えていただきたいです。
槇原 それにはひとつの答えはないでしょうね。国と国だけじゃなくて企業も同じです。我々三菱商事がやっている投資事業でも信頼関係がないとできない。これからデジタル化やAI(人工知能)がどんどん進んでいきますが、そうなるほど僕は信頼関係が大事になると思っています。そこはちょっと意見が分かれるところではあるかと思いますけどね。
廣津留 個人的には、信頼関係を築くにあたって1番大事にしていることはなんですか。
槇原 はっはっは。まあそれも答えは1つではないでしょうね。長い付き合いを通して嘘をつかないというか、相手をmisleadしないことですかね。

廣津留 では最後に、この日経カレッジカフェの読者層である20代の若者に何かメッセージをいただきたいんですが。
槇原 グローバルな視野を持ってほしいということと、それから大いにFinancial Times (FT) を読んでほしいと。僕はFTが1番好きなんですよ。僕は、日本の新聞は日経が1番好きでね。それから英語の新聞はNew York TimesもWall Street Journalも読んでいますけど、やっぱり僕はFTが1番好きですよ。
廣津留 どういうところが好きですか?
槇原 記事が経済のみならず、文化的な面も取り上げている。取材がいいんでしょうね。
廣津留 それでは、21世紀をリードしていく世代になる読者にとって、何かしておくべきことがあれば教えてください。
槇原 世界中にお互いに信頼できる友人を作るってことでしょうね。
廣津留 そういう意味で私はハーバードですごく恵まれていると思います。
槇原 はっはっは。
廣津留 では以上です。本日はありがとうございました。
※1 東洋文庫 東京・駒込にある東洋全域の歴史と文化に関する図書館。国宝・重文を含む膨大な資料を持ち、講演や展示も行っている。美味しい料理と庭園のあるカフェを併設する。
3月6日にハーバード大学にて筆者、廣津留すみれのリサイタルが行われます。ハーバード音楽学部史上初の卒論リサイタルの開催です。お近くの方は是非お越しください。
日時:2016年3月6日17時~
場所:Paine Hall (3 Oxford Street, Cambridge, MA)
曲目:バルトーク「ルーマニア民俗舞曲」、プロコフィエフ「ヴァイオリンソナタ第1番」、スティーブ・ライヒ「Violin Phase」他
入場無料

1993年生まれ、大分県立大分上野丘高校卒、米ハーバード大4年生。英語塾を経営する母親の影響もあり、4歳で英検3級に合格。3歳から始めたバイオリンで高1の時に国際コンクール優勝。大学では2団体の部長やオペラのプロデューサーなどを務める。2013年からハーバード大の学生らとともに子どもの英語力を強化し表現力やコミュニケーション力を引き出す英語セミナー「Summer in JAPAN」を大分で開催している。