リーダー候補に求められる コミュニケーション術廣津留すみれのハーバードからの手紙(3)

米ハーバード大4年生/演奏家 廣津留すみれ

米ハーバード大4年生/演奏家 廣津留すみれ

ヴァージン・グループ創設者であるリチャード・ブランソンは、挑戦者で堂々としていて、自信の塊のように見えます。音楽産業で成功し、航空会社を作り、さらに宇宙に飛び立とうとまでしています。そんな彼が、実は、昔はとても内向的でシャイな人間で、どうやってそれを克服したかを語っています。

「自分中心にものごとを考えるから、人は内向きでシャイになるのよ。他人をハッピーにすることを常に考えなさい」。母親にこう諭されて、リチャードはその通りにして、積極的に人前で話をするようになったそうです。

このエピソードは、コミュニケーション力とは、いかに友達を多く作れるか、いかにうまく話ができるかという意味ではないことを表しています。そこで、今回は、全米上位500社のCEOを最も多く輩出している大学(学部課程)ランキング1位※であるハーバード大学に入学後必要なコミュニケーション力と社交術とはどのようなものかをお話しします。

日常生活でのコミュニケーションとは

学校での生活は、授業、課外活動、寮生活が軸です。平日は朝起きて授業に出席→課外活動に参加→寮に戻って食事・勉強・睡眠、という流れが一般的です。週末には寮でのパーティーにでかけたり、得意分野を活かして仕事をしたりすることもあります。

1.授業におけるコミュニケーション力

いかに説得力をもって発言するかがキーです。相手が教授であれクラスメイトであれ、まず自分の発言に自信があることが大前提です。相手を説得するには、相手の意見を反映させながら言い方のニュアンスを考え、かつ説得力のある発言をしなければなりません。テニスの打ち合いのような瞬発力とぶれない軸足の両方が必要になります。

ただし、アメリカに来て感じたことは、的を射ていない発言でさえも、パフォーマンスと自信でいかにもそれが正論であるかのように言う人も多いということです。そのため、言い方に惑わされず、それが本当に正しいかどうか自分で見極めなければなりません。

逆に、自分ではそんなに重要ではないと思った点も発言すると教授が拾ってくれることもありますし、1つひとつの意見を尊重する文化があるので、発言しないでいるよりも発言して失敗した方が高い評価がもらえます。授業によっては発言点が成績の30%を占めるものもあるので、どんな小さなことでも勇気を出して言った者勝ちです。

寮の部屋にて

2.課外活動におけるコミュニケーション力

課外活動は、個人での活動と団体での活動に分かれます。個人の活動では、得意分野を、自信をもってアピールします。まず、自分の得意分野を明確に知ることと、その得意分野でどのような貢献ができるか頭を巡らせることが大前提です。約6000人の才能ある学生が各々努力しているこの大学で、自分の活動を人に知ってもらうのは思っているより難しく、地道な日々の努力と相手に気付いてもらうための発信力が大切です。

私の場合は、バイオリニストとして1つひとつの演奏を大切にして、演奏終了後のレセプションには必ず顔を出します。ハーバードで行われるイベントは教授や各界の要人が集まることも多いので、そんな時には自己紹介や握手、話し方のマナーが重要です。特に英語には日本のような細かい敬語がないので、話し方があまりカジュアルになりすぎないように注意が必要です。また、お世話になっている教授や学校のスタッフにメールでコンサートの報告やお知らせをして、校内で何をしているか知ってもらう工夫もしています。

団体での活動でいうと、私は音楽団体2つのプレジデントを務めています。仕事内容は事務作業が多いですが、1番大切な仕事はミーティングの仕切り役と決定を下すことです。基本的にミーティングはメンバー共通の話題での会話を混ぜながら楽しく進めるようにしていますが、決断するときはグループが揺るがないように、皆の意見を聞いて100%自信を持って決断します。決定権を1人が持つことで、メンバー全員の進む方向が定まり、安心感が生まれます。

3.寮生活におけるコミュニケーション力

ハーバードは、寮生活が基本です。1年生の時は学校が割り振ったルームメイトと、2年生から4年生までは自分が選んだ友人と同じ寮に住むことになるため、ここでもコミュニケーション力が大切になります。上級生の寮には約400人が住みますが、同じ寮に住む人とは寮内の食堂やイベントで必然的に顔を合わせることが多く、食堂で知らない人と同じテーブルになったり、友達の友達と食事をしたりすることになったら、まず名前を名乗り、目を見て握手をします。

日本人は意外と、挨拶や握手、紹介などの基本的なマナーが実践できていないためにスムーズに会話がスタートできず、違和感を感じることがあるかもしれません。特に、アメリカにいて感じることは、名前をとても大事にするということです。私の名前、Sumireは英語圏の人には発音がとても難しいため1回目で正しく発音できる人はほとんどいません。しかし初対面にもかかわらず、名前の発音の練習をさせて!と言ってくる人も多く、その場を離れるまでにはしっかりと名前を覚えてくれます。

ここでは人と話さずには何も始まらない

大学生活でこれだけのコミュニケーション力を使うことで、メンタル面はかなり鍛えられますし、社交術としての挨拶もうまくなりますが、人と会って会話を交わすことが重要視される文化にはマイナス面もあります。「FOMO(fear of missing out)」という言葉がありますが、SNSなどで自分の知らないところでイベントが行われているのを知って、それに行き損なうことについて不安になることを言います。

学業も完璧でプロ級の得意分野が複数ある学生がたくさんいるキャンパスでは、「私も何かもっとしないと埋もれてしまう」と、ただでさえ宿題に追われる時間を削って人と知り合うためにパーティーにまで顔をだして睡眠時間が減っていくことがしばしばあります。

コミュニケーション力とは、大きな意味では挨拶だと思います。自分に自信があることを示すことで初めて、相手に信頼してもらえます。始めのリチャードのストーリーに戻りますが、エゴを捨てて、他人をハッピーにする方法を常に考え、口先ではなく行動で示すしかありません。「高校ではコミュニケーション力がなくても何でもできたけど、ここでは人と話さずには何も始まらない」とは、アメリカ育ちの友人の言葉です。同じキャンパスで学校生活の喜怒哀楽を一緒に経験したメンバーとは、感動を共有しているので、その後も仲の良い友達でいることが多いのです。

※フォーブス誌フォーチュン500

廣津留すみれ(ひろつる・すみれ)
 1993年生まれ、大分県立大分上野丘高校卒、米ハーバード大4年生。英語塾を経営する母親の影響もあり、4歳で英検3級に合格。3歳から始めたバイオリンで高1の時に国際コンクール優勝。大学では2団体の部長やオペラのプロデューサーなどを務める。2013年からハーバード大の学生らとともに子どもの英語力を強化し表現力やコミュニケーション力を引き出す英語セミナー「Summer in JAPAN」を大分で開催している。

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