妻と死別、男はどう生きる ファッションショーで変身
伴侶と死別した単身者を指す「没イチ」の高齢男性によるファッションショーが東京都内で開かれた。喪失感と孤独にさいなまれ、服装もおざなりになってしまいがちな彼らに、明るさを取り戻してもらおうと企画された。専門家のアドバイスで華麗に変身した6人からは「10歳は若返った」「まるでチョイ悪ジジイの気分」と高揚した感想が漏れた。見た目の印象だけでなく、本人の気持ちも大きく変えるショーからは、超高齢社会を楽しく生き抜くヒントも見えてきた。
12月9日夕、東京・三田にある弘法寺の地下にロックのリズムが響いた。普段は葬儀に使われる法要室の中央に真っ赤な舞台がしつらえられ、70の客席がうまった会場に熱気がみなぎった。原色のスポットライトが点滅し、司会者が「没イチ メンズコレクション」のスタートを告げた。
音楽に乗って次々と登場する男性6人の平均年齢は68歳。第1部ではコーディネーターに選んでもらった最新ファッションに身を包み、亡き伴侶との思い出の曲に合わせて舞台へ。軽快なステップで舞台を2度、3度と往復し、観客にあいさつ。第2部では全員が、派手な色使いのイタリアンブランド「ベルサーチ」を着て登場。プリンスやマイケル・ジャクソンの曲に合わせて踊った。緊張のためか右手と右足が同時に前にでるちぐはぐは動きもあったが、それはご愛嬌(あいきょう)。軽快な身のこなしは年齢を感じさせなかった。
ショーを主催したのはシニア生活文化研究所(東京・港)の小谷みどり所長だ。長らく第一生命経済研究所に在籍し、高齢者のライフスタイルや死生観を研究してきた。2008年からは、50歳以上を対象に学び直しと再チャレンジをサポートする立教セカンドステージ大学(RSS)でも教えている。このRSS受講生と飲み会などで交流する中で、配偶者と死別した「没イチ」が、同じ悲しみを分かち合える仲間と交流できる場がないことに気づいたという。結婚歴がなかったり、離婚して「バツイチ」となったりしている高齢者とは違う孤独感を抱えている。受講生の中にも少なくなかったそうした男女が話題を共有する場として「没イチ会」を立ち上げた。実は小谷さん自身も7年半前に夫を亡くしたひとりだ。
■「亡くなった奥さんの分まで」
ファッションショーのアイデアは、小谷さんが没イチ会の男性メンバーから「イメージチェンジするにはどうしたらいいでしょう」と相談を受けたのが始まりだ。妻に先立たれた男性には「立ち直れずどんどんみすぼらしくなっていく人が多い」(小谷さん)が、彼らは決してそれを望んでいるわけではない。このままではいけないと思いながら、再起のきっかけもないまま落ち込み続けているケースがほとんどだ。明るく「変身」すれば、気持ちも上向くはず。小谷さんは「亡くなった奥さんの分まで、人生を2倍楽しんで」との思いを今回のファッションショーに込めた。
ファッションモデルとなった6人は「没イチ会」メンバー。それぞれのプロフィールとこの日の舞台姿を見てみよう。
▼没イチ会のまとめ役でもある池内章さん(64)は「没歴8年」。大手通信会社在職中に派遣されたタイで日本語教師をしていた奥さんに出会い、帰国後に結婚。夫婦でよくタイに旅行したが、2010年に旅行先で奥さんが急性肝炎を発症。わずか1カ月で亡くなった。「55歳で妻に先立たれ、思い描いていた定年後の夢が吹き飛んでしまった」。中島みゆきの「時代」にあわせ、迷彩模様のジャケットに細身のパンツ姿で軽やかに現れ、第2部ではマイケル・ジャクソン風の衣装をまとった。
▼最年少の庄司信明さん(59)は、大手新聞社で運動記者として活躍していた10年4月、看病のかいなく妻をがんで亡くし「もぬけの殻に」。夏の甲子園の取材もやる気が起きず、東京に戻った直後の9月に辞表を出した。今はNPO活動、大学での講師と忙しいが、ファッションには無頓着だった。"若手"だけに、舞台でのアクションも派手。病室で妻とよく聞いた松田聖子の曲に合わせてステップを踏み、第2部では真っ白のシャツにベルサーチのベストをはおり、汗だくになって跳びはねた。「チョイ悪オヤジになった気分だね」
▼最高齢の田中嶋忠雄さん(79)は、56歳で中小企業を退職すると、日本画や古文書解読、オペラ鑑賞など趣味の世界にひたり、RSSにも通うようになった。7年前に妻を見送った後は、さみしさをまぎらすように家庭菜園を花で一杯の庭園に作り替え、今は供養のためにとバラの栽培に没頭する日々だ。夫婦ともオペラ鑑賞が好きだったので、登場の曲には「フィガロの結婚」を選んだ。手にした白いバラは、その日の朝つんできた自信作。そのバラを客席に差し出す余裕を見せた。
▼同じく最高齢の三橋健一さん(79)は、大手自動車メーカーで新車開発一筋に30年。モーレツサラリーマンで、家事も育児も妻に任せっきりだった。8年間の介護の末にみとったが、家事は大の苦手。「シャツやズボン、下着などは妻が買ってくれものを今も大切に着回している。自分で買ったことがないのでMなのかLなのか、サイズは分からない」。その三橋さんが選んだ曲は結婚式で聞いた思い出の「スタンドバイミー」。指をはじいてリズムをとり、2部ではジーンズに真っ赤なベルサーチを合わせた。
▼佐藤勇一さん(68)は1級建築士。建築事務所の代表として忙しく働いてきた。妻とは9年前に死別したが、その10年前にがんが発覚してから闘病生活を送っていたので「覚悟はできていた」。今も建築事務所に籍を置いているせいか、身だしなみはきちっとしている。1部では黒のコートとスカーフでダンディーに決め、2部は帽子を斜めにかぶり、少しやんちゃな感じに。
2人の孫から花束を受け取ると、こぼれんばかりの笑顔をみせた。
▼岡庭正行さん(63)は15年2月に妻を心臓まひで亡くしたが、その1カ月後に中国への赴任を命じられた。「死亡後の手続きや赴任準備で忙しく、悲しんだり落ち込んだりしている暇はなかった」。1年後の帰国とともに退職した。もともと工学部出身のエンジニアで、普段は「だぶだぶのズボンをはいていることが多い」。
その岡庭さんは、白の細身のジーンズにロングコートで舞台に登場した。家族連れで会場に来ていた長女の侑香さんは「まるで別人。笑っちゃいました」と口にしながらも、父親の別の魅力を発見したようだ。
■互いに褒め合うことが大事
2017年の平均寿命は女性が87.26歳、男性が81.09歳と過去最高を更新。団塊世代の高齢化とあいまって、没イチを含めたお年寄りの単身世帯は増加傾向にある。地味になりがちな没イチ男性の大胆な変身を演出した専門家の意見も聞いた。
「ファッションには人間を変える力がある」と話したのは衣装を提供したブルネロインターナショナル(東京・中央)の渡辺義明社長。近場の量販店や通販だけでなく「ひやかしでもいいから、まずは専門店に出向いて実際に試着してほしい」。自分にぴったりのサイズもわかるし、専門家の見方も聞ける。「少し派手めのファッションで思い切って気分を変えること。そして、恥ずかしがらずにお互いに褒め合うことが大切」という。
実際にショーの準備段階で6人の行動に変化があらわれた。衣装合わせの専門店でレンガ色のパンツとジャケットを気に入り、その場で購入した田中嶋さんは「これまでなら、絶対買おうとは思わなかった」。池内さんも「外出する際、何を着ようか考えるようになったし、ショーの準備を始めてからはアパレル専門店をのぞいてみようかなと思うようになった」と語る。
ショーのファッションコーディネーターを務めたTOKIMEKU JAPAN(東京・港)の塩崎良子社長は「最初は帽子やスカーフなど、アクセントをつける小物でスタートしてみては」と助言する。ファッションを自分で選ぶ楽しさがわかってくれば、「次はデビュー。同窓会でもいいし、知人との食事会でもいい。変身した姿で積極的に出かけてみよう。人の目を意識することで、自分を変えられる」という。
長年がん患者向けのメークを手掛け、今回もメークで協力した山崎多賀子さんは「高齢の男性はどうしても肌や髪が乾燥しがちなので、保湿クリームなどを使いたい」。市販の男性化粧品でシミやくすみをかくすこともできるし「加齢で薄くなりがちな眉を描き直せば表情が引き締まり、元気が出る」と話した。ショーでは全員が軽く化粧したが、庄司さんは「初経験だが、我ながら表情が引き締まった」と、うっすらと口紅が残った顔でニヤリ。
歩く姿勢も大事だという。プロのモデル、浜田玲さんは「足元ばかり見ず、笑顔でまっすぐ前を見て」と、かっこよく歩くコツを伝授。「ファッションを変えれば外出が楽しくなり、自然にウオーキングもうまくなる」とも指摘した。
専門家は若作りを促しているのではない。塩崎さんがあえて派手なベルサーチを提案したのは「逆に年を重ねた人間の深みや魅力がないと、着こなせないから」。若い世代ではまねできない、年相応の着こなしがある。
ショーが終わった後の控室。80歳を目前にした三橋さんが、今後の人生のささやかな生きがいを見つけたようにつぶやいた。「ベルサーチが似合うにはもう少し年齢を重ねないとな。バリッと着こなせるよう長生きしたいね」
(田辺省二)
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