日本株、平成後は飛躍の10年 改革結実(窪田真之)楽天証券経済研究所所長兼チーフ・ストラテジスト

写真はイメージ=123RF
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「平成の30年は失われた20年を経て日本企業の構造改革が進み、最後の10年で復活を遂げた」

2018年は米中貿易戦争を巡り波乱の相場展開でした。平成時代もあと半年で終わろうとしています。年末ということもあり、今回は平成の30年を振り返り、次の10年を展望します。

平成元年(1989年)は日経平均株価が史上最高値(3万8915円)をつけた年です。そこから、バブル崩壊が始まりました。平成時代の最初の10年は日本経済はバブル崩壊と金融危機に苦しみ、「失われた10年」と呼ばれました。

「失われた20年」の後、構造改革が進んだ

次の10年(平成11年から20年)ではIT(情報技術)バブル崩壊・構造改革ブームを経て、一時日本が華々しく復活したと考えられました。ただし、それは甘い期待でした。

リーマン・ショックが起こると、再び日本経済は危機に陥りました。そのころから、少子高齢化が一段と進み、内需産業が疲弊してきました。さらに、エレクトロニクス産業で力をつけたアジア企業に日本企業が追い詰められるようになりました。危機は終わっていなかったのです。

そして、平成元年から20年までまとめて「失われた20年」と呼ばれるようになりました。

最後の10年(平成21年から30年)は復活の10年です。失われた20年で行った構造改革の成果を刈り取りつつ、さらなる構造改革が進みました。

私には25年の日本株ファンドマネジャーの経験があります。もっと若ければ、今から25年日本株のファンドマネジャーをやりたいとの思いを強くしています。割安で投資魅力が高いと考える銘柄がたくさんあるからです。

日本株の投資魅力を高めた10の構造改革

平成の30年間で実施した10の構造改革が日本株の投資魅力を格段に高めたと考えています。

第1ステージの1998~2005年の構造改革ではまず、(1)輸出企業の海外への生産移行が進みました。平成に入ってから円高が一段と進み、1995年には一時、1ドル=80円近くに達しました。日本の輸出企業は米国やアジアなど海外生産を拡大し、円高に耐えられる体質に変わりました。

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