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日本初のJAL女性機長、桐朋で培った「諦めない心」 藤明里・日本航空機長が語る(下)

2018/12/17

やっと飛行機に近づいたのが、ライセンス取得後の97年。自社の飛行機を持っている岡山の会社に入りました。でも、パイロットとして採用されたわけではありませんでした。

日本航空の子会社としてジャルエクスプレスが設立された。そこで扉が開かれた。

岡山の会社で運航管理などの業務をしていたころ、ジャルエクスプレスのパイロット募集があり、応募するには事業用免許と計器飛行証明をすでに持っていれば良いことを知りました。チャンスだと思いました。当時まだ所持していなかった計器飛行証明を取得するため、また八尾空港に通いました。この結果、無事入社することができ、99年にようやく念願のパイロットへの道を踏み出すことができたのです。

大学卒業からジャルエクスプレスに応募するまで、くじけなかったというか、諦めが悪いというか。パイロットというのは様々な免許が必要なので、それなりにお金がかかるのです。自分の貯金を使ったり、両親から借りたりしていたので、資格試験のたびに「この試験に落ちたら神様に諦めろと言われていると考えよう」と思っていました。でも、幸いなことにずっと合格できた。だから「まだ進めってことなのかな」と、考えていました。

私の中では、今まで諦める理由が一つもなかったんです。

桐朋での9年間、とにかく自由を尊重してもらいました。否定することがない学校でしたから、可能性を夢見ることができたのではないかと思うのです。もちろん、自由には責任が伴います。自分で決めたことだから、失敗も自分で受け止める。そういう校風のなか、やらずに後悔するよりはまず実践してみるという考え方に育ったのかなと思います。

パイロットもまだ男性が大半の社会ですが、敵もいれば味方もいますよね。ダメっていう人の話ばかり聞いていると、ダメな気がしてくるけれど、助けてくれる人がいるなら、その人のためにも頑張ろうと思えばいい。

今もそんな風に考えて飛んでいます。最近は操縦士の教官もしているので、シミュレーターで指導する時間も増えています。でも、やはり本物の飛行機で飛ぶのが好きです。天候への対応など緊張を強いられることも多い仕事ですが、空から見る景色は何にも代えがたい。トワイライトの中で刻々と変わる情景も美しいし、夜間のフライトで見る流れ星も本当に素敵です。

夢を諦めないことは、決して辛いことではありません。自分のやりたいことのイメージを作っていけば、そこに自ずと近づいていけると思います。

(ライター 藤原仁美)

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