本場も納得 祇園育ちの京都中華、あっさり味が真骨頂
かんさい食物語
あっさり味の真骨頂とでもいおうか。京都の中華料理のことである。
夕暮れのなか、あでやかな和服に身を包んだ芸妓(げいこ)さん・舞妓(まいこ)さんが行き来する祇園界隈(かいわい)。ここは特に淡泊でやさしい味わいの中華料理を供する店が目立つ。
その中の一つである「竹香(たけか)」は1966年の創業だ。瀟洒(しょうしゃ)な和風の外観だが、店の中で待っているのは「しゅうまい(税抜き500円)」「すぶた(同900円)」といった、なじみ深いメニューである。
「うちの中で、春巻きと酢豚を超えられるものはない」と女将の永田由美子さん(50)が語るその「すぶた」。豚とカリフラワーに甘酢がかかり、シンプルであるがゆえの洗練された趣を持つ。「えびちりそーす」は辛さが控えめで「子どもさんも食べられます」。
店を始めたのは永田さんの父。「ここで商売をするに当たって父はものすごく苦労したんですよ」。芸妓さんや舞妓さんも顧客として迎える土地柄、ニンニクなど使えない食材が多かった。今、祇園の街でよく見かけるのは訪日外国人だ。竹香には中国人も来店するという。本場の中華料理とは違うであろうこの店の味を彼らはどう思うのだろうか。
「楽しくめしあがってはりますよ」と永田さんはほほえんだ。これもひとつの形ですね、などと言われるそうだ。
京都に中華料理店、登場は1924年
関西で中華料理といえば神戸の中華街「南京町」が知られる。1868年(慶応3年)の開港に伴って多くの中国人が住むようになり、明治時代には本格的な中華料理店が営業していた。
一方、京都は中華料理が入ってくるのが遅かった。1924年(大正13年)に祇園に店を開いた「ハマムラ」が先駆けといわれる。創業者、濱村保三の孫である弓倉和夫さん(75)が当時のことを話してくれた。
「祇園のど真ん中でね。しつこかったり、においが強かったりするものは嫌われた。その流れが今も残っているのが、ある意味で京風中華といえると思います」
祇園の店舗は今はないが「ハマムラ」の名を冠した店は京都に残る。弓倉さんが会長を務める会社は京都駅の周辺で2店を経営し、薄味の料理もあるという。
下鴨神社の北側にたたずみ枯山水(かれさんすい)の庭を持つ「蕪庵(ぶあん)」も歴史のある店だ。開業は昭和の初期。西本願寺の第二十二世宗主、大谷光瑞(こうずい)が中国から招いた厨士の味が原点だ。
店主の武田淳一さん(75)は大学生の時から店にかかわり、今も厨房に立つ。料理に甘鯛(あまだい)の揚げものがあった。食欲をそそる揚げたての香りが圧倒的。からりとしたうろこは歯応えを、中の白身は柔らかさを楽しめる。
味付けは「塩と酒をちょっとふるだけ。素材を生かすのが一番大事」と武田さん。「もし中華料理にやまとごころが加われば京料理として立派なものになると思いますし、気がついたら日本料理やといわれているかもしれません」。長年、中華料理に携わった経験が導いた境地だろう。
もともと京都では竹香や蕪庵のように広東料理をベースにした店が多かったが、唐辛子やサンショウなどの香辛料を使う四川料理も増え、人気店も生まれている。
調味料にアユのなれずし、食材に京野菜
夜、二条城の近くに店を構える「大鵬」に伺うと、席は若者らで埋め尽くされていた。ようやくありついた麻婆(まーぼー)豆腐は口の中で複雑な辛さの光を放つ。豆腐に絡む近江牛の存在感がとてつもない。店の二代目、渡辺幸樹さん(37)が説明してくれた。
「一時は本場の四川料理をうたっていました。しかし、それは向こうのまねでしかない」と独自の料理づくりに乗り出す。麻婆豆腐のスパイスは八角やシナモンを使わず、唐辛子とサンショウのみ。近江牛の脂を生かすことでシンプルだが奥深い味にした。生産者の牧場も訪問する。「この牛肉でないと、うちの麻婆豆腐はつくれません」
アユのなれずしの発酵したご飯を調味料に使い、京都の野菜をいためる料理もある。苦みと甘味とうまみがハーモニーを奏でた。店でそろえるのは自然派ワイン。料理とワインの突出した個性が競演する。これもまた京都中華である。
京都における中華料理の変容を見てきて連想したのは漢字だ。昔、日本人は中国から漢字を取り入れ、アレンジした。ひらがなが誕生したのは平安時代といわれる。ひらがなで書かれた「源氏物語」の舞台はもちろん京都だ。漢字のように中華料理も姿を変えたと言ったら言い過ぎだろうか。
この例えを竹香の永田さんに話したところ「和菓子もそうみたいですよ」と教えてくれた。源流の一つは中国の唐菓子らしい。こちらも舞台は関西。このコラムでいつか和菓子に迫ってみたい。
(伊藤健史)
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