U22

池上彰の現代史を歩く

多様性の国フランス 反骨精神、古い社会変える

2018/12/17

パリの学生街「カルチェ・ラタン」で、五月革命の歴史や意義について振り返る池上氏(右)=テレビ東京提供

現代のフランスを象徴するキーワードを挙げるなら「移民大国」と「反骨精神」でしょう。このところパリ中心部で繰り広げられる反政府デモにも、反骨精神の片鱗(へんりん)が見られます。そこには1960年代、植民地解放や五月革命といったフランスが直面した歴史と深い関わりがあります。多様性を重んじ、女性の進出を促す社会はなぜ実現したのか。今回の旅はパリとマルセイユを訪ね、人々の声に耳を傾けながら、その歩みを振り返ります。

現代史を刻んだ歴史の舞台

凱旋門からシャンゼリゼ通りへ。現代史を巡る旅は、おなじみのパリの観光名所からスタートです。ここはフランスの歴史を刻んだ舞台でもあります。

40年6月、パリを占領したドイツ軍が行進。ナチス・ドイツの旗が翻りました。アドルフ・ヒトラーは「パリを訪問するのが夢だった」と言ったそうです。フランスには屈辱の歴史です。

後に祖国の解放に尽力したシャルル・ドゴール将軍がパリ市民の歓声を浴びて歩んだのもこの道でした。

転じて2018年7月、サッカーW杯で優勝したフランス代表選手らが凱旋しました。観衆は約30万人。選手にはアフリカ系移民にルーツを持つ若者たちが数多くいました。この「多様性」がサッカーだけでなくフランス社会の断面でもあるのです。

凱旋門前でパリの名所や歴史について現地解説する池上彰氏(左)=テレビ東京提供

フランスの人口約6700万人のうち、1割程度が海外で生まれた人々とみられます。移民大国と呼ばれるゆえんです。その背景には第2次世界大戦後、フランスと植民地が歩んだ歴史と深い関係があります。

パリから高速鉄道「TGV」で約3時間半。美しい街並みが広がる南仏マルセイユへ向かいました。フランスでも特に移民の多い街です。

子どものころにアルジェリアから移り住み、料理店を営むラクダールさん(74)に会いました。「アルジェリアで学校に通えたのはフランス人だけ。父は子どもたちに教育を受けさせたいと考えたのです」

1960年は「アフリカの年」

54年、フランスは独立を唱えた植民地アルジェリアとの戦争に突入しました。死者はおよそ80万~100万人とみられます。事態打開を託されたのは第2次大戦の英雄ドゴール。大統領に就任後、「植民地独立」へと方針転換します。

アフリカやアジアの国々で、民族自立や国家独立の機運が高まっていました。

60年にはフランスから14の国々のほか、イギリスが支配してきた国々などと合わせて計17カ国が相次ぎ独立。60年は「アフリカの年」といわれました。アルジェリアも62年に独立を果たしました。

フランスは独立した国々と良い関係を続ける必要がありました。経済成長を支えるうえで安い労働力を確保する狙いがあったからです。

しかし、近年はイスラム過激派によるテロが頻発。移民をルーツに持ち、フランスで生まれ育った若者が実行犯になるホームグロウンテロリストの存在に衝撃が走りました。差別や貧困によって自分の居場所が見つからず、フランスを憎んでしまうのでしょう。そこでイスラム教への恐怖感が新たな課題を生んでいます。

たとえばマルセイユではモスクが足りず、イスラム教徒が街の住宅、ビルなど目立たない場所にあるモスクで礼拝をしていました。また、フランスでは政教分離が重んじられています。このため、公共の場では実質的に、女性が顔を隠す衣装のブルカが禁じられています。

アルジェリア系移民のザハラさん(71)は「移民はどこでも身分証の提示を求められます。学校でも仕事でも差別を受けました。どうして子どもや孫の世代まで差別を受けるのでしょう」と嘆きます。

意識調査では約60%の国民が「イスラム圏からの移民の受け入れ停止」を支持したそうです。フランス革命以来の精神である「自由・平等・博愛」の博愛が揺らいでいます。

社会を変えた五月革命

フランスの人々を理解するもう一つのキーワードは「反骨精神」でしょう。

その代表例が68年、学生たちのデモから広がった五月革命です。大学が集まるパリの「カルチェ・ラタン」と呼ばれる学生街が舞台になりました。大学進学者が増え、古い教育政策に不満を持ち、学ぶ環境の改善を訴えたのです。学生たちは警官隊と衝突し、やがてデモは労働者や市民を巻き込んで拡大します。

68年という年は、欧米や日本でも学生たちのデモやベトナム反戦運動が活発になり、若者たちの“反乱”と呼ばれました。

五月革命とは何だったのか。当時、ソルボンヌ大学の学生で、デモリーダーの一人だったジャン・マルセル・ブグローさん(72)に聞きました。「社会を変えたかった。女性は解放され、成人年齢が下がった。古いフランスを倒したのです」。若者たちが縛られてきたしきたりや慣習を打ち破ったのです。

実際、五月革命の後、フランスでは男女平等の精神や女性の社会進出が広がり、男女の関係にも大きな変化が生まれたといえるでしょう。それまでは偏見にさらされた女性のミニスカートが流行し、若者たちのファッション文化にも影響は及んだのです。

2018年4月、学生たちは「教育機会の平等」を訴え、抗議しました。エマニュエル・マクロン大統領が学生の学力水準を保つため、大学の入学資格を厳格にすべきではないかという趣旨の発言をしたことがきっかけでした。フランス革命の歴史に象徴されるように、権力に迎合しない「反骨精神」が受け継がれているのです。

「もう一つの民主主義の国」

いけがみ・あきら 東京工業大学特命教授。1950年(昭25年)生まれ。73年にNHKに記者として入局。94年から11年間「週刊こどもニュース」担当。2005年に独立。主な著書に「池上彰のやさしい経済学」(日本経済新聞出版社)、「池上彰の18歳からの教養講座」(同)、「池上彰の世界はどこに向かうのか」(同)、新著「池上彰の未来を拓く君たちへ」(同)。長野県出身。68歳。

この精神はアメリカに「No」と言えるフランス外交に表れています。アメリカとは異なる「もう一つの民主主義の国」といわれます。たとえばマクロン大統領は、アメリカのパリ協定離脱表明を「重大な過ちだと思う。アメリカにとっても、地球にとっても」と批判しました。

フランスは過去に、欧州連合(EU)につながる欧州共同体(EC)へのイギリス加盟に反対しました。アメリカの影響力が欧州に及ぶことを危惧したのです。国連決議がないとして、2003年のイラク戦争にも加わりませんでした。

フランスには歴史や伝統を重んじながら、多様性を受け入れ、社会を変えていこうとする力があります。その源がフランス革命であり、現代史においては五月革命だったのです。過去の「成功体験」が国家の意識を形作るのです。

〈お知らせ〉

コラム「池上彰の現代史を歩く」はテレビ東京系列で放映中の同名番組との連携企画です。ジャーナリストの池上彰氏が、20世紀以降、世界を揺るがしたニュースの舞台などを訪れ、町の表情や人々の暮らしについて取材したこと、歴史や時代背景に関して講義したことを執筆します。

[日本経済新聞朝刊2018年12月17日付]

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