世界遺産にも登録されたポーランドのアウシュビッツ強制収容所を訪れた沢田氏旅行大手エイチ・アイ・エス(HIS)の創業者で会長兼社長の沢田秀雄氏は、2018年の春から夏にかけて海外出張に出かけました。十数年ぶりの長期海外旅行とあって、この間の世界と旅行者の大きな変化を肌で感じ、ビジネスの世界展開を加速する決意を固めたようです。旅の収穫を聞きました。
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■旅行者の手には…スマホとガイドブック
3月から8月にかけ、アジアと欧州を回ってきました。月に1~2回程度は日本に戻りながらでしたが、こんな長期出張は十数年ぶりです。
アジアも欧州も旅行事情はずいぶん変わりました。十数年前はスマートフォン(スマホ)を持った旅行者なんていませんでしたが、今は新興国からの旅行者も皆スマホです。観光情報は全部検索できるし、ホテルの予約だってできます。
だったら紙のガイドブックはいらないかというと、皆持っていた。不思議ですよね。「地図は紙の方が見やすい」とか、理由は色々あるのでしょう。もちろん私も持っていきましたよ。
アジアでは、まずベトナム、香港、マカオに行きました。それからアラブ首長国連邦のドバイに飛んだのですが、その発展ぶりには驚きました。砂漠の中に超高層ビルがびっしりです。石油もほとんど出ないのに近代的な都市が生まれ、世界中から投資マネーを呼び込んでいる。不思議です。政府やリーダーのやり方で、こうも国が変わるのかと感銘を受けました。
■経済成長にもお国ぶり、東欧に大きな可能性
経済成長が続くベトナムは、混沌のるつぼから経済が発展しているイメージでした。バイクと自動車が走り回る怒とうのようなモータリゼーションに、発展を実感しました。こんな「わいわいガヤガヤ」「ガチャガチャ」としたベトナムの「動の経済成長」と対極のような「静の経済成長」をみせていたのが、ポーランドでした。
ポーランドの発展の仕方は、きれいでスマートだと感じました。これは、ほかの東欧諸国にもいえると思います。東欧には、旧ソ連が崩壊し、共産主義政治の呪縛から解き放たれた頃に行ったことがあります。当時は人々の表情が暗かったのが印象的でした。今は自由になんでも好きなことができるようになったせいか、明るい目になっていました。東欧はこれからどんどん発展しそうですね。
昔、岩塩を採掘していたポーランドのヴィエリチカ岩塩坑。世界遺産に登録され、多くの観光客が訪れる欧州では、ほかにも地中海沿岸の都市をクルーズで回り、スイスからはライン川のリバークルーズを楽しみました。スイスという国は、いつ訪れてもきれいで観光向きですね。物価は高いけれど、街は快適です。高級時計のような伝統産業のほか、世界的な大企業もたくさんあります。アジアのような急成長とはいかないけれど、着実に成長していて世界中から観光客を集める魅力もあります。
イタリアも印象的でした。日本では経済の悪化といった報道を多く目にするのですが、ファッションも食事も楽しめました。経済状態はともかく、観光地としてはとても魅力的であり続けています。ヨーロッパには、古代ローマ帝国時代からの歴史の重みがあり、観光の見どころも多い。その上にIT(情報技術)などの新しいテクノロジーが乗って、厚みが増した重層的な発展のイメージですね。
■中国・新興アジアの観光客、世界で増加
今では当たり前のようですが、どの国でも中国人観光客が多かったです。十数年前はそれほどでもありませんでしたが、今ではバブル期の日本人観光客をしのぐほどでしょう。街中の観光案内も日本語から中国語に変わっていて、13億人の人口を抱える国のパワーを感じました。中国以外にも、アジアからの観光客は増えています。タイやインドなどの新興国の人びとの海外旅行に対する需要も着実に増えているという証拠です。
帰ってきて改めてみると、日本はそこそこいい国です。食事はおいしいし、夜でも女性がひとり歩きできるほど安全だし、歴史もある。海外だと女性のひとり歩きはとても危険なところが多い。ですから日本は観光には非常にいい国だと思います。半面、東欧やドバイのような発展の勢いは感じられません。なにか、とどまっている感じが強い。
■海外でのビジネス、成長に不可欠
だからHISも今後は海外で成長しないといけないと思います。世界の観光市場は年々成長しています。人口が減っていく日本より、海外で伸ばす方が企業としては成長しやすい。アジアや中国の旅行者が海外に出かける、そのニーズを拾っていかなければならないでしょう。今回の出張では、改めてそれを確信しました。
HISはベトナムにも中国にも進出しています。海外拠点の旅行取扱高をどんどん伸ばし、各国でナンバーワンの旅行会社を目指していきます。そうすれば、いずれ世界でナンバーワンになれます。
競争相手は世界です。HISは現在、世界のベスト10にも入っていませんが、近い将来に食い込めるよう売上高1兆円を目指します。自力での成長とM&A(合併・買収)を駆使していきます。1兆円の規模がないと世界市場で戦えないんです。
今後のライバルは、OTA(オンライン旅行会社)です。スマホやインターネットでツアーや航空券、ホテルを探し、予約して決済もできる。手軽です。当社でもOTA部門は伸びています。
店舗だったら100人は必要な仕事量が、OTAでは10人で済むこともあります。当社には、格安航空券で既存の旅行会社の牙城を突き崩してきた歴史があります。そういう局面では、会社を倍々で成長させるのに店舗も倍々で増やす必要がありました。でもOTAなら、システムの仕事が増えるだけで人を増やす必要はないんです。
■旅行業、生きる道は「情報」に?
エクスペディアなどの海外OTA大手と違うのは、当社には現実の店舗がたくさんあるという点ですね。HISは、海外に274の拠点を持っています。これが強力な武器になると思っています。
海外拠点は、どこも旅行商品の販売や仕入れといった本業に加え、情報拠点という機能を持ち始めています。情報はビジネスの命です。世界の様々な情報を東京に伝えるのは、海外拠点の役目なんです。「いいホテルが売りに出ている」といったビジネス情報が毎日のように本社に届きます。
イベントやセミナーの設計・運営などでも、海外拠点が黒子となってサービスを提供できるようになってきました。そう考えると、HISには「情報会社」「情報商社」として成長していく道も見えてくると思っています。
沢田秀雄
1951年大阪府生まれ。73年、西ドイツのマインツ大学に留学。日本に戻り、毛皮製品の輸入販売などを手掛ける会社を設立。80年にインターナショナルツアーズ(現HIS)を設立し社長に。96年、スカイマークエアラインズ(現スカイマーク)を設立。2010年、ハウステンボス社長に就任。
(シニア・エディター 木ノ内敏久)
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