サラ・オレイン 東大才女の孤独時代を支えたのは
NHK大河ドラマ「西郷どん」の「大河紀行」テーマ曲で柔らかで清らかな歌声を響かせるオーストラリア・シドニー出身のアーティスト、サラ・オレインさん。
幼少期からバイオリンを学んだサラさんは、イタリア語なども堪能なマルチリンガル。シドニー大学在学中の2008年に、世界で25人が選ばれる東京大学の留学生となり来日したという折り紙付きの才女でもある。
突出した才能ゆえに、いじめに遭うなど孤独を感じたことも多かった少女期。そんなサラさんを支えてくれたのが、ドイツ生まれのぬいぐるみだったという。
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音楽を専門に学ぶ中高一貫校に通っていましたが、1学年が1クラスだけで人数も30人ほど。とても狭いコミュニティーでした。ささいなことから仲間はずれに遭い、学校に行くことがつらくなって……。両親に相談すると、普段は厳しかった親も理解を示してくれ、学校をやめ、自宅で通信学習することになりました。
でも、一人っ子でペットもいない。10代の女の子にとって、ものすごい孤独でした。精神的に不安定な時期でもあり、大好きなバイオリンと当時夢中になっていたイタリア語の大きな辞書だけを持ってプチ家出をしたこともありましたね(苦笑)。
ドイツ生まれのNICIというブランドのぬいぐるみと出合ったのは、そんな多感な時期でした。母親とシドニーの街中にあるショッピングセンターへ出かけ、クラブツリー&イヴリンというナチュラル・フレグランス・ショップを何気なくのぞいたら、たまたまコラボしていたぬいぐるみに目が留まったんです。直感的、衝動的に「買いたい!」と思いました。しかも、見た瞬間に「この子の名前は、クーピーだな」って思ったんです、不思議ですよね。
買って帰ると、すぐに仲良くなりました。「不思議ちゃんなのかな?」と思われるかもしれませんが、子供の頃からぬいぐるみに興味はありませんでした。むしろ中身がどうなっているか気になって解体してしまったこともあるくらいです(笑)。
そんな私が、16歳になって「どうしてもぬいぐるみが欲しい」と思うなんて、自分でも理解できませんでしたが、今思うとそれだけ孤独だったのでしょうね。姉妹や家族、クラスメートなど、いろんな役割をクーピーは果たしてくれました。次第にクーピーが一人では気の毒になり、1年後にひと回り大きなぬいぐるみも買いました。「大きなクー」という意味で「Big Coo=ビークー」という名前にしました。体は大きくても、妹です(笑)。
バッグにこっそり隠して、一緒に映画館に行ったこともあります。不安だった当時の私にとって心の支えで、ある意味で神のような存在。本当に彼女たちに救われました。
シドニー大学に進学すると、生活は好転しました。同じ目的や目標を持つ仲間が増え、友達もたくさんできたんです。東京大学への留学も楽しい思い出しかありませんね。違うバックグラウンドでありながら、日本に興味がある共通点を持つ25人の仲間ができました。寮生活も含め、新たな国を体験するのはとても新鮮で、いい刺激をたくさんもらいました。
そんなとき、ふと思い出したんです、シドニーに置いてきた2人を。自分が落ち込んでいるときだけ頼りにして、都合が良すぎるんじゃないか。もしかしてバチが当たるかも……と思い(笑)、母に頼んで送ってもらいました。それ以来、ずっと一緒です。車の後部座席にシートベルトをかけて旅を楽しんだり、ぬいぐるみ専門の「温泉」にも連れていったりしました(笑)。
日本語はアニメで勉強しました
東京大学で音楽と言語学を専攻しました。音楽も言葉もコミュニケーションツールで、私には親しみやすいんです。ラテン語にはじまり、イタリア語やフランス語などをパズルや暗号を解読する感覚で学んできましたが、文法がまるで違う日本語は難しい言語だなと思いました。
母は日本人ですが、「日本語は必要ない」と家では一切使ってこなかったんです。そんな私の日本語の先生は、スタジオジブリの映画「天空の城ラピュタ」などのアニメーションでした。外国の言葉を身につけたい人は、初めは易しいアニメなどを繰り返し見るといいかもしれませんね。
たとえ仕事で必要であっても「勉強しなきゃ」と思うより、「これがしゃべれるようになったら旅ができる」「現地の文化をより深く知れる」と思う方がやる気が出ますよね。語学を身につけるには、学ぶための動機、情熱が必要だと思うんです。私はもともと日本文化に興味があり、しかも日本にルーツがある。楽しみながら学べたのはラッキーでした。
仕事をしながら、さらに理解を深めることもあります。「おとなの基礎英語」(NHK Eテレ)でご一緒した松本茂先生はダジャレが大好き。私も先生に負けないよう、隙さえあればダジャレをその場で考え、即興で連発していました(笑)。相手が興味のあるものに自分から歩み寄るとその人も少しリラックスできるでしょうし、私にとっても新しい世界が開けました。
今最も学んでみたい言語は「方言」です。同じ県でも地域によって違ったり、奥が深いですよね。コンサートやキャンペーンで地方に行くたび、「代表的な方言はなんですか?」「どう発音すればいいですか?」と現地の方にヒアリングしたり、タクシーや飲食店で聞き耳を立てていたりします(笑)。
表現者としてチャレンジを続けたい
新しい世界というと、J-POPなどの日本の歌も日本に来て初めて知った世界です。音楽活動が目的で留学したわけではないのに、たくさんの方の力添えでデビューできました。それだけでも驚きなのに、5周年を記念したベストアルバム「Timeless~サラ・オレイン・ベスト~」までリリースできるなんて信じられない気持ちです。最近は「シネマ・ミュージック」という映画音楽コンサートで、歌唱や演奏だけでなく舞台演出などトータルで手がける挑戦もしています。憧れのチャールズ・チャップリンのように、マルチに活動できたらいいですね。
日本で活動を始めたころは、「歌手なの?」「バイオリニスト?」「ソングライター?」と尋ねられ答えに困ったり、「あれこれ手をつけたら中途半端になるよ」と言われてショックを受けたりしたことも。ですが、「二刀流」で頑張るメジャーリーガーの大谷翔平選手のような人が出てきたように、変わってきたのかなと感じます。
この先もコアにある「表現者」という部分はブレることなく、いろんなことにチャレンジしたいです。音楽活動はもちろん、映画を作ったり、海外でパフォーマンスするなどいろんな形で表現してみたいなと思っています。
1986年10月8日生まれ、オーストラリア出身。「サラはヘブライ語で姫、オレインはゲール語で美しいという意味」だという。シドニー大学在学中からバイオリニストとして活動する傍ら、2010年に大学を最高点で卒業した。12年にアルバム「セレステ」でデビュー。洋邦楽の名曲カバーや自身が手がけた数多くのタイアップ曲を収録したベスト盤「Timeless~サラ・オレイン・ベスト~」に、映像作品「シネマ・ミュージックwithサラ・オレイン」やフォトブックなどを収めた「Timeless~サラ・オレイン・ベスト [完全生産数量限定スペシャルBOX]」を12月19日にリリース。
(文 橘川有子、写真 藤本和史)
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