イノベーション進まぬ日本 「つながる力」の弱さ課題
ダイバーシティ進化論(村上由美子)
先日来日したハーバード大学のドイル工学部長から、興味深い話を聞いた。リベラルアーツ(教養)中心の印象が強かった同大学だが、この10年で理工学分野を専攻する学生の割合が6%から20%へ急増。ビジネススクールなどとの共同プログラムも拡充している。
さらに驚いたのは、ハーバードでは専攻分野を問わず、全学生にデータサイエンスの履修を義務付けていることだ。デジタル社会で活躍するには、どの分野でもデータ活用のスキルが必要との強い認識がある。
翻って日本。深刻な労働力不足のなかでも、理数系の高度人材の需給が極度に逼迫している。国際調査によると、日本人の数的思考力および読解力は世界トップレベルだ。
だが、テクノロジーを利用した問題解決能力は比較的低い。技術分野での特許取得数は世界最高レベルだが、そうした技術を事業化し経済価値に結びつける能力は先進国の平均以下だ。
世の中のすべてのモノ・コトがインターネットでつながり、新たなビジネスが創出されうる時代を迎えている。そうした状況ながら、なぜ日本は労働生産性が低くイノベーションも生まれにくいのだろうか。
経済協力開発機構(OECD)の分析によると、日本はイノベーションの必要条件となる資金力、技術力、高度な教育制度などはすべて世界的に高レベル。一方、決定的に欠けているのは、異分野間のコラボレーションや国際共同研究などの「つながる力」だ。
多様な視点や価値観の連鎖は活気的なアイデアにつながっていく。ダイバーシティ(人材の多様性)がイノベーションの源泉になる構図だが、ここが弱い。膨大な日本発の特許で国際共同申請のものはほぼ無い。
今、議論されている外国人労働者受け入れの軸は単純労働だが、日本経済の死活問題に直結するのは高度人材の確保であろう。世界のトップレベル人材が働きたいと思う環境を企業は整備できるのか。全分野でテクノロジーを駆使し生産性を向上させるマインドとスキルを養成できるのか。日本の教育制度は、分野を超越しうる柔軟な思考能力を育てているだろうか。
冒頭のドイル工学部長によると、多くのハーバードの工学部生が日本でのインターンシップを希望しているという。だが、受け入れ企業の少なさが課題らしい。もったいない、と思うのは私だけであろうか。
経済協力開発機構(OECD)東京センター所長。上智大学外国語学部卒、米スタンフォード大学修士課程修了、米ハーバード大経営学修士課程修了。国際連合、ゴールドマン・サックス証券などを経て2013年9月から現職。米国人の夫と3人の子どもの5人家族。著書に『武器としての人口減社会』がある。
[日本経済新聞朝刊2018年12月3日付]
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