
ゾンビは実在する。いや、自然界はゾンビであふれている、というほうが正確か。菌類はアリの脳を乗っ取り、ハチはゴキブリの体を麻痺させる。いずれも寄生体による宿主のゾンビ化と呼ばれる行為だ。書籍「Plight of the Living Dead」の著者、マット・サイモン氏に聞いた。
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――自然界には、他の生物を乗っ取る生物がたくさんいますね。まずはエメラルドゴキブリバチについて教えてください。
エメラルドゴキブリバチの寄生はとても変わっています。体の大きさは寄生するゴキブリの半分ほどしかありません。メスのゴキブリバチはゴキブリに狙いをつけると、前脚の間に毒針を刺します。これでゴキブリの体を麻痺させ、身を守ることができないようにするのです。
次にゴキブリバチは、なす術のなくなったゴキブリの首のあたりから脳へと針を差し込んで毒を注入します。ゴキブリバチの針にはセンサーが備わっていて、ゴキブリの脳内で体の動作を司る2つの部分を正確にとらえることができます。そして毒を、この箇所に注入します。
ゴキブリバチが毒針を抜くと、当初ゴキブリは何事もなかったかのように振る舞いますが、身繕いに勤しみ、その場からは動きません。この間にゴキブリバチは巣穴になりそうな場所を見つけます。ゴキブリのところに戻って来ると、今度はゴキブリの触角を噛みちぎります。その後、ゴキブリの体液を吸います。これは、毒針で失われたエネルギーを回復するためと考えられています。最後は、ゴキブリの触角の根元をつかみ、ゴキブリを巣穴へ引きずり込むのです。
ただ、どちらかと言えば、引きずり込むというより、誘導すると言ったほうが正確ですね。本来、ゴキブリは飛ぶなり走るなりして、ハチから逃げられるはずなのです。実際、毒針で脳を刺された後のゴキブリを水に入れると、我に返ったようにそれまでの状態から抜け出し、その場を走り去ることがわかっています。つまり針を刺されたゴキブリは、自らゴキブリバチの巣に向かうようなのものです。
ゴキブリを巣穴へ引きずり込んだ後が本番です。まず、ゴキブリバチはゴキブリの脚の中に1個の卵を産み付けます。卵はやがて孵化して幼虫が誕生し、ゴキブリの体液を吸い出します。完全に吸い尽くすと、今度は空洞になったゴキブリの体の中に入り込んで、ゴキブリの生存にとって最も重要である中枢神経系や心臓といった内臓を食べます。それが終わると、ゴキブリの体内で繭をつくり、やがて成虫となって出てきます。これが、哀れなゴキブリのとても複雑な寄生のされ方なのです。