コスパで輸入量1位 チリワインは現地より安かった
最新の財務省貿易統計によればワイン輸入量のトップはチリ産だそうである(2017年)。2015年に長年首位であったフランスをわずかながら抜き、現在では実に輸入ワインの約3分の1を占める。スーパーでもコンビニでも買える、すっかりおなじみの存在だ。
この11月、私はチリの首都・サンティアゴを旅し、ワイナリーやワインの小売りの現場を見てきた。「安くてウマい」と言われるチリワインだが、その逆の潮流で「アイコン」と呼ばれるプレミアムワインがあることも知った。しかしその結果、一周まわってやはりチリは「安ウマが最強!」と感じた現地リポートをお届けしたいと思う。
サンティアゴに到着した初日、私はまずワインテイスティングの会に参加した。ワイナリーを訪問するとそこで生産しているワインしか飲めないが、ソムリエ主催のワイン会なら複数のワイナリーのものが味わえる。どのワイナリーに見学に行くか、どのワインをお土産に買うかを決めるのに都合がいい。
その会ではチリワインの概要についての説明もあった。ここで詳しく説明はしないが、ざっくり言えばこうだ。乾燥した気候や日照時間の長さ、アンデス山脈から来るミネラル分豊富な水、昼夜の寒暖差などチリはブドウ栽培に適している。加えて19世紀の後半、害虫・フィロキセラによりヨーロッパの産地が壊滅状態となり、職を失ったフランス醸造家たちがチリに流入したという歴史がこの国の醸造技術の高さを支えているとのことだった。
実はこの会に参加した一番の収穫はほかのワインラバーたちからの情報だった。イギリスや米国などから来た参加者が、お薦めワイナリーや市内でもっとも充実したワイン専門店、バーなどを教えてくれた。中でもブラジルから来たという男性からのこの一言で、私は一瞬にして色めきたった。
「明日は『ブラックフライデー』だよ! 僕は午前中からワインを買いに行くよ!」
ブラックフライデーとは米国などで11月第4木曜日の感謝祭の翌日から始まるクリスマス商戦のスタートの日。くしくも私がサンティアゴに到着した日は感謝祭の日で、翌日から激安セールが始まるというのだ。
旅の楽しみの1つはその国の名産品を現地価格で手に入れること。チリワインにも高級路線があり、それがセールでさらに安く手に入るかもしれない。
調べてみると、チリの超プレミアムワインは、世界屈指の名酒「オーパスワン」が深くかかわっていることが分かった。オーパスワンはボルドーの5大シャトーの1つ「シャトー・ムートン・ロスチャイルド」のオーナーと、カリフォルニアワインの父ロバート・モンダヴィの両国を代表するワイナリーのジョイントベンチャーで生まれた。
このロスチャイルド氏と、日本のスーパーでもおなじみチリ最大のワイナリーコンチャ・イ・トロ社によって作られたのが「アルマヴィーヴァ」。そして、もう一方のオーパスワンの生みの親モンダヴィ氏と、チリの名門ワイナリー「ヴィニェド・チャドウィック」のオーナーによって作られたのが「セーニャ」だ。日本での中心価格帯はヴィンテージ(ぶどうが収穫された時期)にもよるが、どちらも1万5000~2万1000円であった。
ほかにもチリ単独資本の高いワインをリストアップし、ワイン専門店を訪れたところ、値段を見てビックリ。日本よりもチリのほうが高いではないか! 日本円にしてそれぞれ約2万3000円、約2万8000円であった。
パリでフランスの高級ブランドバッグがお得に買えるような図式はここには存在しなかったのである。さすが日本のバイヤーや商社は大量購入することで日本の消費者に安く届ける企業努力をしているんだな、とそのときは思った。
買い物作戦は一旦中止し、翌日からは「ブティックワイナリー」と呼ばれる小さな作り手を中心に回った。最初に訪れたのはサンティアゴの中心地から車で20~30分ほどの「ヴィーニャ・アキタニア」。先のワイン会の参加者から、ガイドの知識と聡明(そうめい)さがハンパないと猛烈に薦められたためだ。
畑や醸造所を一通り見学させてもらった後、私はガイドに質問した。「どうしてチリは高品質なワインをこんなに安く提供できるのか」と。すると、彼女はこう答えた。
「それはマーケティングです」
私は「ヨーロッパや米国などに比べて労働賃金が安いから」という答えが返ってくるのではないかと思っていたので、新鮮に感じた。
「安かったら買うという層が多ければ、その国での販売価格は安くなります。ワインの売り方にはいろいろな選択肢があって、どの層を狙うかはそのワイナリーの考えや輸出国によっても違います。私たちも同じワインでも輸出する国によって値段設定はまちまちです。チリ国内の価格よりも安い国さえあります」
なるほど、海外での販売価格は必ずしも国内定価に輸送コストや関税を乗せたものではないのだ。ちなみに日本とチリは経済連携協定(EPA)を結んでおり、協定発効後関税は段階的に引き下げられている。WTO(世界貿易機関)加盟国からのワインの輸入関税は15%であるのに対し、現在チリ産は1.2%。2019年はゼロとなる。これが上記の労働賃金の要素に加え、チリワインが安い理由の1つにもなっている。
彼女の説明は「チリワインは日本のほうが安い」現象を裏付けるものだった。そして、マーケティングにより安くも高くも値段設定できるのは生産コストが安いからできることで、そこはチリの大きなアドバンテージだなぁと思った。
違うワイナリーでも同じ質問をしてみた。すると、このように答えた。
「チリのワインが安いなんて神話だと思いますね。最初は有名なフランスやイタリアのワインと競争するために『安くておいしい』という戦略をとったのだと思いますが、最近はどこも『アイコン』と呼ばれる、プレミアムなワインを作っていますよ」
「アイコン・ワイン」とはそのワイナリーを象徴するワインで、だいたい1本4500円以上する。先に挙げた超プレミアムワイン2本は実はこの「アイコン」の究極の形だ。
今回の旅ではいくつかアイコン・ワインをテイスティングした。そのワイナリーが総力結集で作ったものだけにどこも非常においしかった。しかし、そのワイナリーのアイコン以外のものと価格に4倍の差があっても4倍おいしいかと問われると、いや、1000円程度のワインでも十分においしいのである。
あるワイナリーでアイコンと非アイコン、何が違うのかと聞いてみた。すると、樽(たる)で熟成させる期間が違うのであって、少なくともそのワイナリーでは使っているブドウも収穫の仕方も一緒だという。
収穫といえば、チリでは手作業で行うのが一般的だそうな。トラクターによる機械収穫では葉っぱやつる、カビたブドウまで一緒に仕込むことになるので、良質のワイン作りには手作業が欠かせない。また、収穫時期にほとんど雨が降らないため、ギリギリまでブドウを樹上で完熟させることができる。この2点がチリワインのおいしさの理由だと感じた。
つまり、もともとのレベルが高いので、自分で飲むなら1000円やそれ以下のもので十分なんじゃないかと思ったのだ。いや、むしろアイコンなるものを作ったのは、この1000円程度のワインを売りたいがための「マーケティング」なのかもしれない。
また、多くのワイナリーが無農薬に近い形で作られていることも今回の旅で知った。ちなみに、無農薬かつオーガニック栽培でお金をかけて認証を取得しオーガニックワインとして売るかは、これまた「マーケティングだ」と言われた。
まだチリワインを「安かろう悪かろう」と思っている人がいたら、それは非常にもったいないことだ。日本はチリワインが現地以上に安く買える国であること、手作業で丁寧に作られていること、使われている農薬が少ないことを最後に強調しておこう。
(ライター 柏木珠希)
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