サイバーエージェント 社内ヘッドハンターが人事編成
サイバーエージェント人材戦略本部 大久保泰行さん(下)
サイバーエージェントの「Geppo(ゲッポウ)」は月1回、社員の声を聞くためのシステム。前回「回答率99% サイバーの社員調査はハラスメント防ぐ」では社員の意見を吸い上げ、ハラスメントの防止にも役立つことを伺った。そればかりか、社員の関心事項やキャリア志向などの情報も吸い上げ、新規プロジェクトのメンバー選びにも役立てているという。「社内ヘッドハンター」の役割を持つキャリアエージェントの責任者、大久保泰行シニアマネージャーに聞いた。
社員の退職リスクを把握できる
白河桃子さん(以下敬称略) 前回、Geppoがハラスメント防止に役立っていることをお聞きしました。他にも、Geppoの活用例はありますか?
大久保泰行さん(以下敬称略) 「天気マークの回答が雨続きの人は注視する」とお話ししましたが、逆に「晴れしかつけない人」も注意するようにしています。マネジャー層に多いのですが、変化がないということはかえって心配でもあるわけです。実際に面談してみると、実はいろいろと悩みを抱えていた、というケースはよくあります。あとは、退職リスクの判断にも役立てています。
白河 退職リスクも事前にわかるのですね。どういうふうに?
大久保 過去の退職者の回答傾向から、「こういう回答が続いた場合は、こういう分類に分けられる」と判断できるので、退職につながる傾向が見えた人には話を聞きにいくようにしています。
白河 メンバーにとっては上司に言いにくい悩みを発信できるし、「打てば響く」。会社としても退職やハラスメントを予防するきっかけになる。非常にうまく活用されている印象ですね。マネジャー層には、どういう捉えられ方をしているのでしょうか?
大久保 部下の回答に関しては「自分に対して言いにくいことを、部下が言える場があることはありがたい」とおおむね好意的な反応です。マネジャー自身も回答者なので、数字と人を管理する立場ならではの悩みを吐露したり、時にはプライベートな悩みまで書いたりする人もいます。
会社全体の組織改善に役立つツールに
白河 社員のよろず相談所みたいですね。
大久保 正直、プライベートな部分までは対応しづらいのですが、コメントは「来たら返す」というのが基本姿勢です。はじめはキャリアに関する相談のみに対応していくべきかと悩みましたが、「なんでも吐き出せる場を提供できている、ということは良いツールだ」と思い直し、今に至っています。「あっちのオフィスにはコーヒーベンダーがあるのに、こっちにはない」といった小さな不満もあがってきます。(笑)
白河 そういうささいな不公平感の解消って、結構重要だと思いますよ。(笑)
大久保 小さな問題の中に大きな問題が隠れていそうな場合には役員にも報告します。はじめはキャリア開発のためのツールだったんですが、最近は会社全体の組織改善に役立つツールとして役員も認識するようになってきて、「次はこういう設問をしたらどう?」という提案も来るようになりました。
白河 組織が大きくなると、役員が細かな現場の声を聞く機会って少なくなってしまいますからね。
大久保 今後は、全社員の回答を集積したデータと、人事のデータを結合しながら、キャリア開発に役立てていく解析システムの開発を進めていきます。
白河 2017年6月にはリクルートと共同出資会社を設立して、自社以外の企業も活用できるサービスとしてリリースしていますね。外販のほうの反応はいかがですか?
大久保 好調です。主な導入企業としては、リコー、NTTデータ、ライオン、デンソー、エイベックスグループなど。働き方改革を推進しようとする中で、「従業員の声を十分に聞けていない」という課題をお持ちのところがかなり多い印象です。
白河 運用チームがきめ細かく対処することで、非常に効果的に機能しているという事実から考えて、他社でGeppoを導入する際にも、やはり運用チームの対応が成否を分けそうですね。
大久保 おっしゃる通りです。サービスとしてコンサルティングも入りますが、運用の仕方は企業によって様々です。リソースの問題で、1人しか運用に付けられないという企業もあるようですし、そういう場合は苦労されていると聞きます。1人だと、コメントを返すのも難しいと思います。
白河 御社のように、離職防止や全社的な課題解決につなげていくには、やはり運用面の充実が不可欠であると感じます。
大久保 我々はリサーチではなく、コミュニケーションのツールだと位置づけています。「聞かせてください、教えてください」だけだと使ってもらえない。答えたらちゃんとレスポンスがあるという信頼を築いて、やっと活用度が高まるものだと考えています。「何か困ったときにはここに相談したらいい」と思ってもらえる存在になれたらいいなと。
新事業のチーム編成にも役立つ
白河 そもそもGeppoが始まったきっかけは何だったんですか?
大久保 きっかけは、当社が事業創出や課題解決のために行っている「あした会議」での発案です。あした会議とは、役員が社員とチームを組んで、アイデアを出し合う合宿形式の研修なのですが、そこで「社員のコンディションをこまめに把握するための取り組みを始めよう」という提案があり、具現化したのがGeppoだったという経緯です。
時期としては、2013年。会社も大きくなり、いろんなキャリア志向を持つメンバーが増えてきた中で、一人ひとりが熱量高く働くための環境づくりが必要だという問題意識から出発しています。
Geppoを運用する我々、キャリアエージェントチームは、もともとは「社内ヘッドハンティングチーム」として社内の人事異動の調整や、新しい事業が始まるときのチーム編成を担うチームなんです。ですから、Geppoから吸い上げられるキャリアの志向を見ながら、適材適所を会社に提案していくこともやっています。
白河 社内ヘッドハンティングチームとは面白いですね。キャリア開発の情報を取るためにGeppoの設問を活用することも?
大久保 あります。定期的に、その人のキャリアに対する考え方や希望を自然と聞き出す設問を入れています。例えば、「最近興味があることや趣味を教えてください」とか「将来的にやりたいことがあれば、キーワードで教えてください」というふうに。
「事業責任者」「ゲーム」「番組制作」と、いろんなキーワードが出てきますが、それをデータベース化しておいて、経営側から必要な人材を求められたときにはいつでもピックアップできるようにしています。その時期の回答だけでなく、過去の回答履歴や面談データも組み合わせた上での総合判断で、役員に提案しています。新規事業のメンバーを選ぶ際にも、Geppoのデータを活用します。
白河 御社のように常に新しい事業が生まれている会社にとっては、重要な役割ですね。(インターネットテレビ局の)「AbemaTV」のような大きな事業を立ち上げるときには、かなりの人員が必要になりますね。かつ、どの人材を充てるかは、事業の成功を非常に左右する。よくあるのは、「他社から大量に引っ張ってくる」という方法ですが、そうではなく自社内の人員を余す所なくフル活用しようとしているんですね。
即戦力よりも自社のカルチャーを優先したい
大久保 やはりカルチャーを大事にしたいと考えているので。新しい事業を始めるときこそ、サイバーエージェントらしい文化を引き継いでほしいという思いが会社としても強いんです。外からスーパースターを採って結果を急ぐよりは、少々スキル不足ではあっても伸びそうな人材を社内で調達したほうが、その後の活躍が期待できるという視点で人事異動を考えています。
また、キャリアに対する思いや希望、熱量というのは、常に変動するものですので、1年に1回たくさん聞くよりも、短い言葉でも頻度高く聞くほうが確実に効くのではないかと思います。
白河 1人の中の変化にも着目しているというのが、とても面白いです。たしかに、女性が出産する前と後では、キャリアに対する考え方が激変することもありますものね。そのあたりのフォローも?
大久保 育休明けの社員に対しては別途ヒアリングをして再配置しています。当社の平均年齢は約31歳ですが、最近はママ社員も増えて、女性社員の4人に1人がワーキングマザーです。春には毎年40~50人ほど復帰してくるんです。
白河 最近、御社は「長く働き続けてほしい」というメッセージを出していますよね。入れ替わりが激しいイメージの強いIT業界の中では、珍しいかもしれません。
大久保 03年に「優秀な人が長く働くことを奨励しよう」という方針を経営陣が打ち出して以来、そういうカルチャーは醸成されてきたのだろうと思います。僕自身も入社16年目です。リモートワークしかり、働き続けやすい環境整備も進んでいると思います。
白河 そのあたりの具体策はまたの機会にじっくりと伺いましょう。コミュニケーションツールをうまく機能させている運用法についての理解が深まりました。そして、それが創業から20年を迎えながらも、新しい事業を生み出すパワーを支えているということも非常に興味深い点でした。ありがとうございました。
あとがき:サイバーエージェントといえば、キラキラ女子社員などのイメージがありますが、すでにママ社員が4人に1人とは驚きました。ベンチャー企業が急速に成長して直接統治から間接統治になると、社員と経営陣との距離が遠くなる。それをシステムで解決するというのがサイバーらしいと思いました。しかし、ツールを入れても「打てば響く感」がないと回答率はあがらない。運用が命ということがよくわかります。このあたり、他社もぜひ参考にしてほしいところです。社内ヘッドハンターを意識的に配置する会社がこれからは増えてくるかもしれません。
少子化ジャーナリスト・作家。相模女子大客員教授。内閣官房「働き方改革実現会議」有識者議員。東京生まれ、慶応義塾大学卒。著書に「『婚活』時代」(共著)、「妊活バイブル」(共著)、「『産む』と『働く』の教科書」(共著)など。「仕事、結婚、出産、学生のためのライフプラン講座」を大学等で行っている。最新刊は「御社の働き方改革、ここが間違ってます!残業削減で伸びるすごい会社」(PHP新書)。
(ライター 宮本恵理子)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。
関連企業・業界