「100年着られる洋服」 作り手の喜びを買い手にもWEF名誉会長・尾原蓉子氏×デザイナー・皆川明氏

尾原 生地や縫製の工場は繁忙期と閑散期の波が激しいという問題を抱えていますが、皆川さんは、閑散期にインテリア用生地を発注するなどして、工場の稼働率の平準化や収益の安定化にも配慮されているところが素晴らしいですね。持続的なものづくりと「100年着られる洋服」という長い目線でのブランドコンセプトを見事に成立させています。以前、「デザインの寿命」にこだわる理由について皆川さんに伺ったときに、お客様の利用価値、作り手のメリット、社会貢献という3つの理由を挙げていましたね。

愛着があれば長く大切に使う――持続可能性の壁

尾原蓉子
一般社団法人ウィメンズ・エンパワメント・イン・ファッション創設者・名誉会長。1962年東大卒、旭化成工業(現旭化成)入社。米ニューヨーク州立ファッション工科大学(FIT)に留学したほか、米ハーバード・ビジネス・スクールの経営者向けコース(AMP)も修了。財団法人ファッション産業人材育成機構が運営するIFIビジネススクールの学長など歴任。近著に「Fashion Business 創造する未来」(繊研新聞社)、これと2部作となる「Break Down the Wall 環境、組織、年齢の壁を破る」(日本経済新聞出版社)。

皆川 お客様の利用価値を考えた場合、長く使うほど、支払った対価の時間当たり金額は下がっていきます。たとえば、10万円の椅子は高額のようですが、30年(約1万日)長持ちするなら、1日当たり10円の投資です。安物ではなく、10万円の価値がある立派な椅子が毎日の暮らしの中にあることは、精神的な充実にもつながります。さらに、アンティークやビンテージ品がそうであるように、良いものほど価値は劣化しにくいのです。その後、リセールする場合にも、価値を維持しながら再販できることもあります。

そうした良いものを作るには、時間をかけて吟味し、技術を熟練させていく必要があるのですが、それによって作り手の心も技術も充実します。ただ機械的にたくさん作るよりも、自分の人生をかけて良いものをじっくりと作るほうが、喜びがあると思うのです。

尾原 大量生産して、セールで安く売りさばき、飽きたら着捨てる風潮へのアンチテーゼですね。最近とみに、ファッション商品の売れ残りや在庫処分の仕方が問題になっています。

皆川 私が大量生産を否定したくなるのは、一度に大量に作って、余ったら捨てるからです。長い時間かけて少量ずつ作り続ければ、飽きないペースでコンスタントに物作りができ、結果的に良い大量生産ができます。たとえば、私たちはファッションのブランドでありながら同じ柄を長く作るのは、積み重ねによる「長期的な大量生産」を目指しているからです。

社会貢献についてですが、リサイクルやリユースで物質を循環させると、水や熱などのエネルギーを大量に使うので、変えずに長く留まるもののほうが社会のためになります。そう考えると、エネルギーや環境の問題を議論する以前に、それが使い手や作り手の心にどのくらいよく作用するかを見たほうがいいと思います。洋服の場合、ジャストサイズであることや時代の雰囲気と合うことよりも、愛着こそがずっと着続ける理由となります。作り手が誠意をもって作り、そこに込めた思いや素材や柄のストーリーを伝えていくことで、お客様は好きだと感じ、長く愛用してくださるのです。

尾原 捨てずにリメイク、リユース、リサイクルするのもいいことですが、モノの価値を心情的に評価し、生活の中で生かす形で環境対応を考えるのは、本質を突いていますね。

その点でいうと、私たちは日本の着物の歴史をもっと再認識したほうがいいと思います。たとえば、着物の生地は浴衣地も含め、伝統的に細幅の織物です。これを、ハサミを入れる箇所を極力少なくしながら着物に仕立て、何度もほどいて洗い張りし、染め直し、さらに子供用に仕立て直すなど、何回も異なる形で御用をつとめます。貴重品の絹であれば、ヨレヨレになってもハタキにして使い、最後は細かく切ってしっくいに混ぜて建材とし、最終的に土に戻す。そうやって自然と共生してきました。自然の恵みと人の営みが生み出す新しい価値をどれだけ正しく評価するかは、私たちの生き方にかかっているのです。

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