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日本はウルトラマラソン大国 会社員が百キロで世界新 各地で大会、参加者増える

2018/12/28 日本経済新聞 朝刊

中学から陸上競技を始め、駒沢大では箱根駅伝を目指した。惜しくも出場はかなわず、4年間選手を続けた愛三工業の陸上部でも思うような結果を出せずに退部。一般社員としてフルタイムで働きながら趣味で走っていた。ウルトラマラソンとの出合いは28歳のとき。偶然耳にした超長距離の世界に気持ちを動かされた。

朝のジョギングや終業後のトレーニングで毎月600~700キロ走る。水曜日はスピード練習で土曜日は距離走。フルマラソンの自己ベストに相当する1キロ3分15秒ペースを意識する。100キロの距離はレース本番まで走らない。距離よりも、むしろ速いスピードに体を慣らすほうが「本番の呼吸や体の動かし方が楽になる」からだ。

練習はいつも1人。悪天候でも決して休まない。走りながら「なんでこんなことをしているのか」と、ふと思う。そういう不安や甘えを断ち切るのは容易ではないが、「悪性リンパ腫になった母親を励ましたい」との強い思いが支えになっているという。

ウルトラマラソンのトップ選手には、社会人になってから走り始めたランナーが多い。「自分は中学から段階を踏んできたけど、みんな仕事と両立しながら目的意識を持って練習している」

これが実業団のランナーなら、やりがい論はもっぱら記録やチームの成績に収束する。かつては風見さんもそうだった。

「でも、いま振り返れば、どこかやらされていたのかな」。陸上のメインストリートを走ってきた風見さんにとって、2本の足を連れ合いに孤独な道をどこまでも切り開いていくこの種目のランナーたちの姿は新鮮で、学ぶところが多かった。

大会や練習に向けた集中力はいよいよ高まり、11月になって50キロマラソンでも自己記録を更新したばかり。そんな風見さんが、どうしても勝ちたいと思うのが2年後の100キロ世界選手権だ。

9月、世界記録保持者として乗り込んだクロアチアのレースで、プレッシャーからくる体調不良が響いて6位に沈んだ。その反省から今後は海外レースにも積極的に参加し、経験を積むつもりという。超人的な距離を走破して自らの殻を破ったが、道はその先にも延びていた。「このままでは終われない」。ゴールはまだまだずっと先、地平線のかなたにあるようだ。

■「サブ4」達成きっかけに挑戦

ウルトラマラソンには、ほかにも有力な日本選手がひしめく。風見さんが6位だった9月の100キロ世界選手権を制したのは山内英昭さん(浜松ホトニクス)で、2位は行場竹彦さん(芦屋市陸協)。日本は団体でも男女とも優勝している。2000年のサロマ湖100キロで安部友恵さん(旭化成)がマークした6時間33分11秒は現在も女子の世界記録だ。

東京・神宮外苑の24時間マラソンはこれまでに13回開催。参加者は年々増えている(18年11月)

日本ウルトラランナーズ協会などによると、国内では中高年を中心に愛好家が増えている。サブ3(フルマラソン3時間未満)、サブ4を達成したり、加齢によってこれ以上のスピードアップが難しいと感じたり。ウルトラ挑戦の理由は様々だが、より長くランニングを楽しむために志向を切り替える人が多いようだ。町おこしも絡んで、各地で新たな大会が相次いで誕生している。

11月10~11日に東京・神宮外苑で開かれた24時間マラソンには168人がエントリー、144人が完走。トップ選手は260キロ以上走った。今回が13回目で参加者は年々増えている。

過去に優勝経験のある東京都国分寺市の和地朋子さん(54)は約20年前にハーフマラソンを始めて以来、徐々に長い距離を走るようになった。「自然に任せて走るのが気持ちいい。ゴールする時は、きつすぎて二度とやらないと思うけど、クセになってしまって」と笑う。

体のダメージはもちろん大きいが、ウルトラマラソンを経験することで自分の体力や疲労度への理解が深まり、フルマラソンの記録を更新するランナーもいるという。

(鱸正人)

[日本経済新聞朝刊2018年11月28日付を再構成]

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