ドラマが楽しめません
作家、石田衣良さん
テレビドラマが楽しめません。整合性がなかったり矛盾に気づいたりすると、とたんに冷めてしまいます。現実世界は矛盾だらけとわかっていても、無邪気に見ることができていた昔が懐かしいです。(大阪府・女性・50代)
◇
やっと得意の分野が回ってきた! リアリティ問題に関して小説家はプロです。嘘の話を見てきたように書くのが仕事ですから。そんなはずないよと読者に一瞬でも悟らせたら、そこで小説はおしまい。どう嘘にリアリティをつけるか、日夜その技を磨いているのです。
ドラマも小説と同じで、おおきな嘘をつくものです。脚本家が書いた台本を、監督が演出し、役者が演じて、流れを整え編集し、ひとつの物語を伝える。ベースにあるのは虚構ですが、その周りをびっしりと「リアル」で固め、観客にほんとうにあるかもしれないと信じさせるのです。
あなたがリアリティの欠けた最近のドラマを見られなくなったというのも、無理はありません。年齢を重ねることで、現実世界や人の心の不思議についてたくさんの知見を身につけ、自分のなかの「リアリティ」のレベルがあがってしまったのです。そうなると出来の悪いドラマで満足できなくなるのは当然です。ドラマの質の劣化という無視できない問題もあることでしょう。
そういうときには、役者ではなくこの人なら信頼できるという力のある演出家や脚本家を頼りに作品を選んでください。よい作品はリアリティをうまくつかいながら、しっかりと嘘を楽しませてくれ、そのうえでもう一歩先にある「世界や人間の真実」にまで到達することができるのです。リアリティ万歳。
ただしその場合も新たな問題が発生してきます。リアリティ重視では日常生活(せいぜいどこかの駅の殺人事件くらいまで)しか描けないので、題材の幅が狭くなってしまう。大海賊の冒険も、異なる銀河間の宇宙戦争も、太古の巨大モンスターも扱えません。実作者はみな相反するリアリズムと想像力のあいだで悩みながら、ドラマや映画や小説をつくっているのです。
リアリティ重視だけでは新しい時代の映像作品の傑作を見逃すことになります。ぼくからの提案は、自分のなかの「リアル」の基準を作品ごとに変えていくこと。この作品で想定されているのは、このくらいのリアルさなんだな。それをすぐに見定めて、あとは積極的に作品のいいところを観るようにする。それが実はプロの作品鑑賞法なのです。チャレンジしてみてくださいね。それでも救い難い駄作が過半数なんですけど。
[NIKKEIプラス1 2018年11月24日付]
NIKKEIプラス1の「なやみのとびら」は毎週木曜日に掲載します。これまでの記事は、こちらからご覧ください。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。