高まる和の酒人気、主戦場はアジア 中国人社長の挑戦
世界で急増!日本酒LOVE(5)
中国人の楊嘯(ヤンシャオ)さんは日本酒への愛が強く、「日本酒道まっしぐら」の社長だ。楊さんが経営する会社、海琳堂(東京都江東区)は日本国内で日本酒を販売するだけでなく、中国・香港・台湾・ベトナムにも日本酒などを輸出している。現地の酒市場にも変化の波が押し寄せており、日本酒を拡販するチャンスととらえて精力的に活動している。
楊さんは18年前に来日、2013年に酒類の輸出卸や酒類の国内小売りを手がける貿易会社の海琳堂を日本で設立した。17年には東京・門前仲町に日本酒が楽しめるバー「Sake shop&Bar海琳堂」をオープンした。現在は日本酒の啓蒙・普及のため、国内外で様々な日本酒セミナーや酒蔵巡りツアー、「酒豪コン」といった日本酒好きな人たちの出会いの場を生み出すイベントも開催している。
そこで知り合った人々が「Sake shop&Bar海琳堂」に来店することも多く、客の半分はアジア系の外国人客だ。ほとんどがおまかせコースで予約し、料理も酒も予算に応じて店からの提案を楽しむスタイル。日本酒はきき酒セットも用意して飲み比べできるだけでなく、日本酒と料理のペアリングや酒器の販売、海琳堂のオリジナルブランドの日本酒「8th Ocean」の販売も手がけている。
海琳堂で最大の輸出先は中国だ。楊さんは「かつての中国では、日本酒といえば味が薄いのにアルコール度数が高め、香りやうま味は弱い、翌日頭が痛くなる、といった悪い印象が強かった。ですが、今は真逆です」と話す。現在の中国では、大吟醸など華やかな香りの薫酒タイプの日本酒が一般に人気があり、甘めでうま味の深いものや高級感のあるものも出回るようになってきたという。
中国では酒事情が急激に変化しているという。紹興酒やアルコール度数の高い白酒(パイチュウ)など、中国らしい酒が親しまれていたが、経済発展とともに「酒が選ばれる」時代になり、「世界一のワイン消費大国になっているとも言われています」と楊さん。世界的な和食ブームの中、日本酒も注目を集めており、和食や中華、そのほか様々な料理に合わせやすいことをアピールしていきたい、と楊さんは語る。
中国で急増している和食レストランは中国人オーナーが運営し、中国人をターゲットに日本酒を提供し始めているという。「ここ1~2年で様々な蔵元の日本酒が数多くラインアップされるようになってきました」(楊さん)という。
中国ではデートなどで和食を楽しむ若者が増えている。日本へ観光に来た人が自国に戻ってから日本酒で旅を追体験し、余韻に浸るといった楽しみ方もみられるという。
また、ビジネスシーンでは中国でも接待ニーズが減っている。高級な日本酒は「もてなす酒」だけでなく、「自分で楽しむための酒」としても関心が高まりつつあるようだ。
海琳堂では現在、月間2万本(今年10月は3万本)の酒を中国に輸出している。中でも日本酒並みに人気が急拡大しているのがフルーツ系のリキュール類。梅酒、柚子(ユズ)酒、リンゴ酒、ミカン酒、イチゴ酒などだ。このほか瓶内2次発酵の低アルコールのawa酒(日本酒スパークリング)なども人気が高い。
日本の果物系リキュールが人気を集めるのには、いくつか理由があるようだ。1つはリーズナブルな価格。中国で日本酒を輸入すると関税が40%かかるが、リキュール類は蒸留酒が多く関税が10%程度となる。中国人にとっては日本酒よりリキュールの方が割安で、カジュアルな和風居酒屋などで注目を集めているというわけだ。
また果物系の「和リキュール」は味もわかりやすく、酒の知識が乏しい初心者でも気軽に注文しやすい。最近は中国の梅酒を上回るほどの人気だという。
「中国では90年代生まれの若者が酒を飲める年齢になってきました。果物系の和リキュールは若者に特に人気で、お店で飲むだけでなく、家飲みやホームパーティーのアイテムや、祝い事のギフト商品として利用されています」(楊さん)といい、ネット販売も好調だそうだ。
海琳堂は和リキュールで150種類の取り扱い実績があるが、輸出に力を入れてきたのは最近のこと。楊さんは「(中国)大陸のビジネスの流れは本当に早い。半年ごとに市場のニーズががらりと変わる」と実感していたため、短期間で和リキュールの輸出に乗り出したという。
香港は日本酒への関税がゼロでもあり、海琳堂にとって有望なマーケットといえる。富裕層が多く、食通が多いこともあり、飲食店などで取り扱う日本酒の種類も豊富だ。「(岐阜市の酒造会社・白木恒助商店の)達磨正宗といった日本酒の古酒も含め、高価な日本酒が香港にどんどん輸出されている」(楊さん)そうだ。
台湾でも日本酒は大人気という。日本酒に詳しい人が多く、日本で人気の銘柄は台湾でもすぐに人気が出るという。ベトナムへの輸出量はまだ少ないものの、現地で日本酒イベントを開催するなどして、現地に住む外国人を中心に日本酒の浸透を図っているという。
楊さんがここまでの日本酒愛を持つようになったいきさつはこうだ。立命館アジア太平洋大学で学び、日本で就職した楊さん。だが、両親や親戚のいる中国・広東省深圳と日本を行き来しているうち、「人のまねではなく独自のビジネスがしたい。できれば深圳と日本を行き来するような仕事を」と考え始めたという。当時、趣味で全国各地の酒蔵めぐりなどをしていたこともあり、日本酒を貿易するビジネスを思い立った。
海琳堂を立ち上げた後には、日本酒のきき酒師の資格を取得。15年には民間のビア&スピリッツアドバイザー協会によるスピリッツアドバイザーの資格を、16年にはNPOの料飲専門家団体連合会(FBO)公認講師・日本酒学講師の資格を取得するなど、日本酒愛をさらに深めている。
楊さんは「1本1500円の日本酒と、3500円の日本酒の違いがわかるような外国の人々をもっと増やしていきたい」と考え、日本酒イベントをほぼ毎月、国内外で開いている。19年1月には中国の高級スーパーで「生原酒フェア」を開催する。ちょっとマニアックで、取り扱いが難しい生原酒にあえて焦点を当てて、日本酒のコアなファンをさらに開拓していく。
(GreenCreate 国際きき酒師&きき酒師 滝口智子)
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